戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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邪悪なる魔眼…

 既に戦いを否定してしまっている。

 自分達は…プリキュアは何の為に戦っていたのか、何の為に戦っていくのか、今のれいかには思い浮かべる事すら怖くなっていた。

 

「私は…、もう…!?」

 

 口に出せば全てが終わってしまうかも知れない。しかしれいかの心はみゆきだけではなく、四人に抱く罪悪感に潰れてしまいそうになっていた。

 

《ならば友愛などは棄ててしまえ、青木れいか?》

 

 その声は突然耳元で囁いてきた。れいかは片耳を抑えて振り向くが其処には誰もいない。

 

《友愛などお前達には無用だ、プリキュアとやら。

ふふふ…、全てをこの私に委ねるがいい。

この…インコグニートにな。》

 

 気付けば前方に黒い外套を着た背丈の高い頭デッカチにバイザー型のサングラスをした細身の男がいた。

 

「何者です、バッドエンド王国の新しい敵なのですか!?」

 

 れいかはポケットからスマイルパクトを取り出して構える。…だが突如スマイルパクトを握る手を何者かが捕らえ、れいかを三人で羽交い締めにしてきた。

 

「そ…、そんな、馬鹿な事が…!?!?」

 

 れいかは自分を虜にする三人を見て驚愕するしかなかった。

 

「あかねさん、やよいさん、なお、

どうして…!?」

 

 三人共薄ら笑いを浮かべたまま答えず、れいかは目の前にいる男を睨もうとした時、彼女の眼前には巨大な赤い眼孔が視界一杯に広がっていた。

 それを見た途端に体の力が抜けて頭の中が真っ白になっていくのをれいかは感じた。

 

「あ…、あぁ…」

 

 左目から一筋の涙が零れ落ち、れいかの意識は完全に遮断されてしまう。そして彼女を含めた四人の少女はバイザーサングラスの男を虚ろな目で見つめた。

 

「容易い…。

このまま殺してしまうのは余りに簡単でつまらない。

此処は一つ舞台を用意してみようか、独り残された少女が嘗ての仲間に嬲り殺されると云うシナリオはどうだろうか?

物語は練りに練ってやろう、シェイクスピアなど足元にも及ばぬ悲劇…いや喜劇、茶番劇をお送りするとしようか?

クフヒヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…ッ!!!!!!」

 

 バイザーサングラスを取った左目は右目よりも大きい赤く血がかった眼球、額には第三の目を象った紋様、頭のデカいその男は【塔】よりプリキュアの五人を殺すよう命令を下されて虹色町にやって来た。

 

 吸血鬼インコグニートの長い魔手は確実に星空みゆきの首を捕らえようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、暁美ほむらはいつもの様に家を出て登校していた。

 昨日の会議に関して名ばかりなもので大使館に行ってみたもののほむらとみゆきはほぼ放ったらかし状態でアーカードも姿を見せないのでみゆきは親睦を深める為だと、ほむらをお茶に誘う。

 そしてその日に限り、落ち込んだ表情を隠しきれない彼女にどうしたのかと聞いたほむらであったが、星空みゆきは何でもないと笑って誤魔化し…会話もなかなか成立せずに時間は過ぎていった。

 

(…星空さん、やっぱりかなり無理していたわ。)

 

 プリキュアもまた命を賭して戦う戦士には変わりない。…しかし彼女達は自分達魔法少女と違い幸せな家庭で育ちながらも戦士として選ばれてしまった少女達だ。ほむらはそんな彼女達が同じ人間の奥深くの闇を見る事は耐え難い拷問と同じであると知っていた。

 かつて一人の少女が友達の死を何度と見せつけられ…最後の絶望と化した様をほむらは何度となく見せつけられたのだから…。

 

「そう言えば星空さん、何処か“まどか”に似ているかも…。」

 

 そんな事を呟いた時、頭の中に響く声と共にキュゥべえがほむらの右肩に降り立った。

 

「随分と星空みゆきと言う少女に肩入れしている感じだね、ほむら?」

 

 キュゥべえの姿を見るや否や、ほむらは軽く溜め息を吐いて不機嫌そうな顔となる。

 

「貴方の顔、朝はあまり見たくないんだけど…。」

「酷い言われ様だな、マミやさやかには結構カワイイって言われてるのにな~?」

「勘違いしない様に…。

二人共“外見はカワイイのに”って言っているのよ。

前後の言葉はあまり誉めてはいないわよ?」

 

 ほむらに嫌みを言われたキュゥべえだが、特に気にする事なくほむらから降りて横に並び、彼女の歩調に合わせて歩き出した。

 

「ふぅ、相変わらずの毒舌だね。

ボクはみんなに悪い事をしたつもりはないんだけどな~?」

「私達ともっと仲良くしたいならもう少し協力してアピールする事ね。」

 

 ほむらはそう言って足早にキュゥべえを追い越そうとするが、またもキュゥべえはほむらの肩に飛び乗る。

 

「それじゃあ、一つ協力と言う事で情報を提供しようかな?」

 

 ほむらは立ち止まり、横目にキュゥべえを睨んだ。キュゥべえは特に気にせずに言葉を続けた。

 

「今朝ついさっきだけど、星空みゆきが登校途中に何者かに拉致されたよ。

相手は恐らく【塔】の手の者だろうね。」

 

 それを聴くや否や、ほむらはキュゥべえの首根っこを掴みあげて眼前に持ってきた。

 

「それは本当なの!?」

「うん、本当だよ。

最近はちょっとした事情で彼女達プリキュアも監視していたんだけど、あれはかなり予想外な出来事だったね。」

 

 ほむらはギリッと歯を噛み、キュゥべえから手を放すとヘルシング機関から預かった携帯端末機を出した。

 

「どういう事なの、星空さん達のいる虹色町にはエージェントがガードに着いている筈じゃなかったの!?」

 

 ほむらは大使館と繋がって直ぐに本題を突き付けると向こうからは更に深刻な状況を聞かされた。

 

『暁美様、此方の現状もまた緊迫しています!

敵は虹色町に陰からの護衛に着かせていた“エージェント八名の死体”を大使館門前に投げ込んでいき、それが日本のマスコミにリークされてしまいました!

今の我々には貴女方を支援する事が出来ないのです!』

 

 ほむらは敵…【塔】の大胆且つ残虐極まりない遣り口に戦慄する。

 

(何て恐ろしい奴等、人の命なんて蚊程にも思ってないんだわ!

このままでは星空さんが確実に殺されてしまうっ!!)

 

 ほむらはポケットより紫色の宝石を取り出すと光に包まれた途端にその中から飛び出して何処かへと飛び去ってしまった。

 星空みゆきを救いに行ったのである。

 残されたキュゥべえは耳裏を後ろ足で掻き、ほむらの飛び去った先を見上げた。

 

〈こんな感じでよかったのかな、ジョーカー?〉

 

 キュゥべえのテレパシーを察知したのか、隣に目元を仮面で隠した道化師…バッドエンド王国の謎多き男ジョーカーが姿を現した。

 

「ハーイ、御協力感謝致しますキュゥべえさん。

恐らく放っておいたら星空みゆきは“お仲間さん”に嬲り殺しとなりますでしょう。

流石にそれは私達としても望まない結末、全ては悪の皇帝ピエーロ様の御遺志の儘に私は陰ながら貴女方を応援致しましょう。」

 

 そう言ってはキュゥべえと話すまでもなく何処かへと消えてしまった。キュゥべえはまた耳裏を後ろ足で掻くと深い溜め息を吐いた。

 

「何が陰ながらなのかな?

此方としては戦いの混乱は魔獣を殖やす手立てになるからいいけど…。」

 

 キュゥべえは此処数ヶ月の間にある変化に気付き、暁美ほむらを遣い調査をしていた。魔法少女が戦い狩り続けている魔獣と呼んでいる悪霊が急激に減って来ているのだ。

 キュゥべえこと彼等インキュベーターは宇宙の寿命を延ばす為に呪いから生まれる莫大な感情エネルギーを集めていた。魔法少女は願い事を一つ叶える代わりにその一生を魔獣狩りに捧げ、其処から溢れる呪いの力を集めて回っているのである。

 しかし捜査は思う様には進まず、魔法少女の中で最も口が固いと判断した暁美ほむらをこの同時期に起きた秘密組織【塔】の暴走の阻止に協力させ、事の変化の中に何らかの繋がりがあるかどうかを見極めるつもりであった。

 しかし【塔】の動きは思いの外早く、事はあまり良い方向へは動いてはくれていない。

 

「やはり【塔】の件とは関係がないのかな?」

 

 キュゥべえもまた人智を越えた存在ではあるが、まだ全てを見据えるまでには至らない。

 

「あまり無駄な消耗は避けたい所だけど、魔獣が狩れなくなれば元も子もないからね。」

 

 だからこそ暁美ほむらには行動してもらわねばならない。彼女の打つ手が何処まで事を動かせるか、その可能性を信じて…。


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