戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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【蛇神襲来の章】開始…


蛇神襲来の章
思いのすれ違いは歪みを呼ぶ…


 一人の吸血鬼により駐日英国大使館に招かれてから四日程が経っていた。

 みゆきは学校が終わり次第不思議図書館を通り、英国大使館へ行って新しく入った【塔】の情報を聞き、今後の方針を話し合う会議等に顔を出さなければならなかった。

 不思議と虹色町にバッドエンド王国の三幹部も現れず…あかね、やよい、なお、れいかは平穏な時間を過ごしていた。…しかしその心中は重く、四人はすれ違いとなっているみゆきを心配していた。

 

「ごめん、みんな。

今日も行かなくちゃいけないの。」

 

 教室のドアの前でみゆきは四人に両手を合わせ大袈裟に謝る。…だがあかねは怪訝な顔でみゆきを見つめる。

 

「みゆき…、やっぱアンタ勘違いしとるとウチは思う。」

「えっ、勘違い?」

「…場所変えよ。」

 

 そう言ってみゆきを無理矢理引っ張り、三人も二人について行くと…、其処は人気のない体育館の裏だった。

 向かい合うみゆきとあかね。そして見守るやよい、なお、れいか。…あかねは眉をひそめ、怪訝な顔は怒り顔へ変わった。

 

「もういい加減目ぇ覚ましっ!

アンタ、ウチらプリキュアのリーダーなんや!今日までバッドエンド王国は何にもして来ぃひんけど、みゆきがいない間に攻めて来たらどうするつもりや!?」

 

 突然怒鳴られたみゆきは肩を窄めるが、あかねの問いに対して答えなくてはならないと気を引き締めて返した。

 

「戦うよ!

みんなが呼んでくれれば必ず駆けつけるから…」

「それじゃあ間に合わんやろ!

ウチらは五人一緒やないと駄目なんや、一人欠けただけで力は大幅にダウンする、そうやろキャンディ!?」

 

 あかねに話を振られたキャンディはみゆきの肩で戸惑いを見せながらも…コクリと頷く。

 

「プリキュアは五人の仲良しの強い気持ちが力になるクル…。

一人でも欠けたら…

力は半分以下…クル。」

 

 みゆきをチラリと見るキャンディ。彼女は視線を落とし、を強く噤む。

 

「ねえ、みゆきちゃん。

わたし達だけじゃウルフルンやアカオーニ、マジョリーナにスゴく苦戦しちゃう。

ジョーカーが出て来たら勝てるかも分からない、みゆきちゃんがいないと駄目なんだよ!?」

 

 やよいもまた、みゆきを説得しようとあかねの横に並んだ。

 

「みゆきちゃんだって、もう“あんな光景”は見たくない筈だよ!?」

 

 必至にみゆきを繋ぎ止めようとするあかねとやよい。…しかしみゆきは黙ったまま、視線を反らしていた。

 其処になおも入り、みゆきを責め立てる。

 

「みゆきちゃんは二人がこんなに言っても分からないのか?

わたしは…、わたしはあの夜にみゆきちゃんを一人で行かせた事を凄く後悔してる。

みゆきちゃん一人で行かせなければ少なくともあの吸血鬼と出会うなんて事はなかったかも知れないんだ、みんなであのヘリを墜としていれば…」

「それはあのヘリに乗っていた人達の命を奪うと云う事…、なおちゃん?」

 

 予想だにしないみゆきからの問いになおは言葉を詰まらせる。

 

「ちっ、ちが…」

「わたし達の…

プリキュアの力はみんなを幸せにする為の力…、だけど同時に一歩間違えれば耐え難い不幸を呼び寄せてしまうかも知れない力でもあるんだよ!?

わたし達の強い力を普通の相手に向けたら…、なおちゃんはどうなるのか想像したりしないの!?」

 

 なおは口籠もり、みゆきから視線を落とした。彼女の口からそんな言葉が出るなどと…それこそ誰も想像していなかった。

 だからこそ、あかねは堪忍袋が切れたとばかりに怒鳴り上げた。

 

「みゆきがそないな酷い言い方する娘やとは思わんかった!

なおはあの時みゆきを追おうとしてくれたんや!

なのにみゆきはそんななおの気持ちを踏みにじるんか!?」

「そんなつもりないもん!

でも相手は戦闘ヘリだったんだよ、機関銃が付いてたんだよ!

当たったら…死んじゃうんだから!!

みんなに傷ついて欲しくないから、わたし…っ!」

「わたしだってみゆきちゃんに傷ついて欲しくないもんっ!

だからみんなと一緒にいようって言ってるのにっ!」

 

 皆が皆で気持ちをぶつけ出した。互いの身を案じながら意固地になり譲れない茨の道、そして思いのぶつけ合いはれいかの一喝で幕を降ろした。

 

「もうやめて下さいっ!!

皆さんの争っている姿なんて見たくありません!!」

 

 彼女の怒声に四人ともピタリと止まり、恐る恐るれいかに視線を向ける。れいかは四人が此方に向いたのを確認すると小さな深呼吸をした。

 

「私は…あの時みゆきさんが取った行動が間違っていたとは思いません。

みゆきさんを追いかけようとしたなおも間違っていたなんて思いません。

…でも、どちらが正しい選択であったかと問われたら、私には答えられないんです。

どうして…、こんなにもお互いを思っているのに、こんなに言い争わねばならないのでしょうか…

何方か、教えて下さい…?」

 

 れいかの切なく苦しげな言葉に四人は黙り込んでしまった。…理由など解り切っているのに…。あかねもやよいもなおも、みゆきを“あの男”の元へ行かせたくないのだ。

 そして、あの恐ろしい死の影が過ぎる秘密組織の件に関わり合いたくないのだ。

 しかしそれを誰も口にはしない。…出来ない。その両方を口にした時、きっとプリキュアとしての絆が崩壊してしまうかも知れないから…。

 ふと…みゆきは何かに気付いたのか、上着のポケットからある物を取り出した。

 ヘルシング機関より持たされた携帯端末機である。みゆきは四人を気にしながらも端末機の画面に触れ、届いていたメールを見て端末機を元に仕舞った。

 

「ごめんみんな…、暁美さんが校門で待ってるから…

わたし行くね。」

 

 そう言ってみゆきはれいか達に背を見せ、その場を後にする。残された四人は項垂れ、立ち尽くすしかなかった。

 校門の向こうには見滝原中学校の制服を着た暁美ほむらがみゆきを待っていた。

 

「こんにちは。

…今日も一人なのね?」

「うん、でも…いいの。」

 

 みゆきは寂しげに微笑むが、ほむらは其れ以上は話をせず…「そう。」と返事をして二人で大使館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリス大英帝国…ロンドンからかなり離れた郊外にある大きな屋敷…いや、城と例えてもおかしくはないのかも知れない。此処は王立国教騎士団所属・ヘルシング機関の本部である。大きな庭が見渡せる書斎に褐色肌に左目に眼帯をした初老の女性…インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングが様々な書類を纏め書き記していた。

 

「便利な力を手に入れたものだ、以前ブラジルにお前達を送る為の苦労が馬鹿馬鹿しく思えるよ。」

 

 何処を見る訳でもなく、言葉を飛ばすインテグラ。そして彼女に応えるかの様に日本にいる筈の吸血鬼がヘルシング本部の書斎に姿を現した。

 

「くだらん昔話だ、インテグラ。

その様な戯れ言を聞かせに呼びつけたのではなかろう?」

 

 サングラスの奥に光る紅い瞳が主を見据える。

 

「何を考えている、アーカード?」

「星空みゆきの件か?」

 

 アーカードは口端をつり上げ、危険な笑みを浮かべる。

 

「それだけではない、魔法少女(マギカ)達もだ。

まだ年端もいかぬ娘を集め、精神的に追い詰めてどうするつもりだ?」

 

 …暫しの沈黙、そしてアーカードは主に答える。

 

「大きな戦いを終わらせる為にはやはり戦乙女(ヴァルキリー)が必要だ。

それが象徴であっても生贄だとしても、その存在はとても重要だ、お前がそうだった様にな…インテグラ。」

「大惨事になる前にミレニアムの資料全てを闇に葬るのがお前の仕事だ。

戦の準備をしろなどとは一言も言ってはいない、命令(オーダー)を守れ!」

「命令は続行不可能だ、インテグラ。

“あの男”が地獄から戻って来た。【塔】はミレニアムの技術を既に手中に収めたと認識する。」

「まさか、そんな莫迦な…!?」

 

 インテグラはアーカードの口より“あの男”と聞き、手に握った筆を折り潰す。アーカードは用意していた画像写真を彼女に投げ渡すとそこには白いスーツで背の小さい太った男がテーブルに向かい食事をしている様子が荒い画像ながらも写し出されていた。

 

「あの男が、そうか…【塔】はあの男の“残骸”にあったブラックボックスの解析に成功したと云うのか!!」

「この写真を得る為に費やしたエージェントの数は七人だ。

インテグラ、新たな命令(ニューオーダー)を寄越せ!」

 

 サングラスを取り、紅い瞳をさらけ出すアーカード。その顔には戦いへの期待を刻んだ嘲笑があり、インテグラは彼が戦争狂(ウォーモンガー)である事を久しく忘れていた。

 

「お前は変わらぬな、アーカード。」

「インテグラも自分が思っている程、変わってはいないよ。」

 

 そしてまた沈黙…。インテグラは心中で少女達に謝罪を込め、アーカードを一睨みして高らかに命令を下した。

 

 

「少女達の件はお前に一任する。お前が集めた戦力だ、煮るなり焼くなり好きにしろ。

命令は一つ、

見敵必殺

(サーチアンドデストロイ)!

【塔】に関わる全ての敵を討ち果たせ!」

 

 アーカードは喉を痙攣させて笑う。その顔は正に狂人その者である。

 

「認識した我が主よ!

久方振りの闘争だ、大事に味わわせて貰うとしよう!!」

 

 そう言い残し、アーカードの姿はフィルムのコマを切り落としたかの如く消え去った。

 一人残されたインテグラは小さな笑みを浮かべ、独り言を呟く。

 

「闘争を味わうか…、いつもながら“矛盾”を形にしたかの様な男だよ…伯爵。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の天気はかなり変わりやすく、陽の出ていた昼間と違い夕方は曇り暗くなった道行きを更に暗くさせる。

 帰り道に三人と別れた青木れいかは放課後のみゆきとの出来事を思い返していた。

 

(誰が正しい訳でもなく、誰が間違えている訳でもない…。

とても都合の良い言葉…、そしてとても卑怯で曖昧な言葉。本当は解っているのに、私達はみゆきさんだけを悪者にしている!私達は怖い、恐ろしい、あの映像にあった惨劇をこの目で見たくない!!

みゆきさんは私達以上にショックを受けていたのに恐ろしいであろう相手と戦おうとしている!

私達は…

いえ、みゆきさんにもついて行かず…

なお達にも賛同出来ない私は卑怯者だ…っ!)

 

 れいかはその場に立ち止まり、溢れてきた涙をハンカチで拭った。他の三人も理解しているのだ、自分達は戦える力を持つ者達なのだと…。一度はプリキュアとして、バッドエンド王国に捕まったキャンディを救い出した時に戦士として誓った筈なのだ。…最後まで戦うのだと。だがもし今の気持ちでバッドエンド王国と三幹部…或いはジョーカーと闘ったなら…、例え五人であったとしても勝てはしないだろう。


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