現地に着くと、早速班分けが行われた。ぐるりと見回してみれば、三つ子の魂百までとでも言うべきか、この年の段階で小学生の見た目に、リア充かそうでないかの違いが表れているのだ。長いこと非リア充側にいて、今もそこに片足を突っ込んでいる身からすると、この事実はとても悲しい。
特に男子はその差が顕著だった。自分でこのイベントに参加したのか、親だか何だかに強制されて参加したのか。八幡にもそれが解るのだから、彼らの嫌々感も半端がない。ボンボン派はアキバ系に。コロコロ派は渋谷系になるという迷信を昔に聞いたことがあるが、なるほど。強制的に参加させられたと思われる方は、ボンボンを読んでいたような気がしないでもない。
そして、高校生の側からそれが解るのだから、小学生の側からも解るのが道理というものだ。高校生から見た小学生は紛れもない子供だが、小学生から見た高校生は大人の仲間である。高校生チームの中で、見た目の段階から明らかに尊敬を集めているのが、容姿が優れていて人当りも良さそうな陽乃と隼人。陽乃は主に男子からぎらぎらとした、隼人は女子からきらきらとした視線を向けられている。
それに不機嫌になっている雪乃と優美子が、体感の尊敬度では二人に続いていた。容姿は優れているが雰囲気に難があるコンビだ。容姿のレベルで言えば雪乃と優美子には若干の開きがあるが、ちびっこたちからすればそこまでの差はないのだろう。
これにそれ以外の面々が続く。容姿のレベルだけで言えば結衣も雪乃のコンビにいてもおかしくはないのだが、多くのことを年上の人間に任せなければいけない小学生の立場からすると、その緩い雰囲気から『この人に任せて大丈夫なのか……』と不安になるのは否めない。
多くのことを年上の人間に任せなければいけない小学生の立場からすると、その緩い雰囲気から『この人に任せて大丈夫なのか……』と不安になるのは否めない。
反して、姫菜は腐ったオーラを引っ込めて擬態していれば、クラスに一人はいそうな感じの美少女である。何でもそつなくこなせそうな雰囲気は、小学生から見たら頼もしく思えるだろう。それでも容姿の優れた組に比べると人気の面では見劣りするが、見た目だけで不安になりそうな隼人以外の男子一同と比べれば、相当頼もしく見えるに違いない。
男子が五人で、女子が五人。小学生のグループが5つということで、高校生組の方でもグループ分けが行われた。誰が誰と、ということを話しあいで詰めていくとまとまりそうにないため、最初からクジである。その結果、陽乃戸部ペア、隼人優美子ペア、結衣大岡ペア、雪乃大和ペア、姫菜八幡ペアとなった。
意中の相手とペアになることのできた戸部と優美子のテンションが最高潮に達したところで、キャンプは始まる。高校生と小学生ということで、最初は距離を作っていた子供たちも、高校生側の歩み寄りにより段々と良い雰囲気を作り始めた。
これで最後まで行けば何も問題はなかったのだろうが、対処する人間の質によって結果に差が出るのは世の常。盛り上がっている班とそうでない班が綺麗に解れ始めたことで、八幡は周囲の班を観察することを始めた。
人当りの良い隼人は子供受けも良く、男子からも女子からも見事に慕われていた。意外だったのは優美子だ。あの見た目で面倒見が良いらしく、子供相手にも笑顔を振り撒いている。隼人とペアを組めたということも良い方向に働いているのかもしれない。加えて実は男を立てる性質だったようで、隼人の行動の邪魔にならないよう、逐一彼の行動に気を配ってフォローまでしている。
これで料理まで完璧だったら言うことはないのだが、そちらについてはそこまででもないようだった。隼人主導で行われるカレー作りでは、子供たちに交じって隼人に尊敬の視線を送っている。
ガハマペアは男子の力不足が目立つものの、それを結衣が一人でカバーしていた。悪く言えば八方美人な結衣は良く言えば感受性が豊かで、子供の話にも一々感情移入し、同調することができる。それが当初の頼りなく見えるという評価をすぐに覆した。子供もちゃんと話を聞いてくれているというのが解るのだろう。それだけに心を開くのも早い。
単純に、目の前で揺れているおっぱいに男女ともに騙されている感も否めないが、それで集団がまとまっていて楽しそうならば、それはそれで結衣の功績だろう。心配なのはカレーの出来栄えだが、そこまでは八幡の知ったことではない。
一番、というよりも唯一和気あいあいとしていないのが雪乃ペアだ。カレー作りはきっちりとしたスケジュール管理により、粛々と進められている。小学生たちもきちんとそれに従っているのだが、集団行動の勉強にはなるだろうが、楽しそうではない。
小学生の面倒を見るという点で、目的は達成できているのだろうが、キャンプそのものの目的から鑑みると、雪乃の班は合格点が貰えるか怪しいところである。小学生の側から不満が出ないことを、奉仕部メンバーとしては祈るばかりだ。
不満が出るかは別にして、子供の管理ということだけならば雪乃でも問題はないだろう。そう自分を無理やり納得させたところで、八幡は陽乃から視線を向けられていることに気づいた。見れば、彼女だけでなく班の小学生とついでに戸部もこちらに注目していた。どう考えても、良くない感じの視線である。
そんな中、笑顔で手を振ってくる陽乃に、八幡は力なく手を振り返した。
それだけで、陽乃班の小学生、特に女子から黄色い歓声が挙がった。ああいう雰囲気がどうにも好きになれない八幡は、苦笑を浮かべて視線を逸らす。大方、陽乃が『事実』を公表したのだろう。恋愛及び性的ゴシップが好まれるのは、どの地域どの世代でも変わらない。手伝いにきた高校生の中にカップルがいれば、小学生が興味を集めるのは当然のこと。それが陽乃のような美人であれば尚更だ。
「八幡先輩、陽乃さんの班を見てどうしたんですか?」
「別に、何でもねーよ」
「そうですか。戸部っちのことが気になるなら、こっそり紹介しますから。いつでも言ってくださいね?」
「お前、男友達売るのやめろよ……」
「良い子ですよ? 戸部っち。隼人くんと比べるとちょっと玄人好みな気がしますけど、八幡先輩なら大丈夫だと思います。先輩パワーで男の魅力を教えてあげてくださいね」
「気が向いたらな」
いくら言っても聞くような相手ではないので、あえて曖昧な返事で気を持たせておく。姫菜も、本気で八幡が男趣味に走るとは思っていないが、その曖昧な返事から妄想が発展して黄色い悲鳴を挙げる。女子高生が頬を染めて大きく悲鳴を挙げると、それだけを見れば男心を擽って仕方がない光景なのだが、頭の中身がホモ一色となれば男としてはげんなりするばかりである。
突然奇声を挙げた姫菜に、小学生たちは怪訝な顔を向けるが、まぁそういう人なんだろうとあっさりと興味をなくしカレー作りに戻った。既に作業の分担は済んでいて、仕込みも始めている。ここでもたもたしていて作業をしくじることがあれば、今日の夕食に影響が出ることは小学生たちも解っていた。こんな世の中である。女子高生が奇声をあげるくらいは、どうということはない。目の前の変人よりも、未来の夕ご飯だ。
元々、将来の目標は専業主夫と考えていたこともあり、かつ陽乃と恋人関係になってから料理のレパートリーも増えてきた。唐突にあれが食べたい、これが食べたいという陽乃のリクエストに応えるためだ。今さらカレーくらいどうということはない。
小学生たちが料理をしたことがあるかというのが不安だったが、姫菜と八幡の班は比較的当たりであり、自分からキャンプに参加した積極的な人間が多くいた。元より、カレーは市販のものを使っている。ルーとご飯の水の配分を間違えず、過剰に時間をかけたりしなければ、そうそう不味いものはできない。
手際の悪い人間がいれば手伝うことも考えたが、怪我をしないように監督するだけで大丈夫そうだ。そうなると見ているだけというのも暇である。何か時間を潰せることはないか。視線を彷徨わせると、一人の少女が八幡の目についた。
美少女と言って良いのだろう。長くて黒い髪。小学生にしては落ち着いた雰囲気で、料理の手際も悪くない。陽乃班の女子の一人だが、この少女は一人で淡々と作業をしていた。元々ぼっちである八幡は、他人との距離感に敏い。他の面々とあの少女の間に、透明で強固な壁があるのが良く解った。
少女の方から距離を置いているようにも見えるが、他の面々にも、少女を排除しようという意思は感じられる。どちらも強烈でないのが救いだろう。これを「いじめ」とするならば、まだ初期段階だと思われる。これから悪い方向に発展することはいくらでも考えられるが、現時点では最悪な状況ではない。
何か手を打つならば今の内、というのが八幡が少女を観察した結論だ。気になるのは、少女が陽乃班にいるということだ。自分が気づくならば陽乃が気づいていないはずがない。にも拘わらず、陽乃も少女の孤立を放置している。
普通の感性を持っている人間ならば、これをどうにかしようと少しは思うはずだが、幸か不幸か陽乃は普通ではないし、いじめを根絶しようとか、そういう正義感は欠片もない。
だがそれ以上に、陽乃は完璧主義である。自分の周囲にいじめがあっても積極的に関わったりはしないのだろうが、今は出先のことだ。ここで目についた問題を放置して帰ることは、陽乃の性格的にありえない。
良い方向に持っていくか、悪い方向に加速させるか。それは陽乃の気分次第であるが、少女が一人であるのを見るに、まだ手を出してはいないはずだ。
自分が気づいて、陽乃も気づいている。ここには他の奉仕部のメンバーもいるから、夕食が済む頃には全員の耳に入るはずだ。遠からず、あの状況をどうにかしようということになるだろう。二泊三日のイベントであるから、どうにかするとしたら今日か明日しかない。
作戦を練る意味も込めて、それを決行するとしたら明日の夜のはずだ。奉仕部の活動としてでなく、あくまで個人的に処理するのであれば、それまでにどうにかするしかない。問題は、陽乃がどういう行動をするのか読めないところだ。奉仕部に任せそうな気もするし、自分でやりそうな気もする。
雪乃がいるから奉仕部に任せる可能性の方が高いと見ているが、陽乃が八幡の想像を超えた行動をすることはそうでなかった時よりも圧倒的に多い。八幡が何より恐れるのは、先走って行動をした挙句、結果的に陽乃の意思に反することをしてしまうことだ。
ならば確信が持てるまで放置しておくに限るのだが、受け身になっていると陽乃から指示を受けた時に間に合わない可能性がある。何を言われても対処できるように、準備をしておくべきだろう。普段であれば情報収集から始めるのだが、ここはアウェーで使える道具も人材もない。
唯一の情報源は小学生たちだが、男子高校生が女子小学生の情報を嗅ぎまわっているというのは、他人の目から見て明らかに異常行動である。このご時世だ。怪しい事案として即座に通報されてもおかしくはない。
初手から手詰まり感が漂っていることに、八幡はそっと溜息を漏らした。これは使えない子と判断されて説教コースだろうか。それはそれで嬉しいから別に構わないのだが、陽乃程ではないにしても、八幡も完璧主義のきらいがある。使えない子と思われることは最悪構わないにしても、目の前の問題に何も手を出すことができないこの状況は、精神衛生上、あまり好ましいものではなかった。
さて、どうしたものか。
小学生を監督しながら考えている内に、ポケットのスマホが震える。電話、コールが一回。間違い電話の可能性も否定できないが、このタイミングで、となると相手は陽乃に違いない。事前に変更の通達がない限り、1切りは『今すぐ集合』の意である。
陽乃に視線を送る。八幡の視線を受けた陽乃は、機嫌良さそうにほほ笑んでウィンクして見せた。その笑顔を見て、陽乃は自分でこの問題に対処するつもりなのだと理解した。
小学生の少女に、雪ノ下陽乃というのは劇薬にしかならないと思うが。
せめて良い結果になるように、と八幡は全く信じていない神様に祈りを捧げた。