感染   作:saijya

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第6話

 怪訝に思い、祐介は振り返った。

 

「どうして?お礼もまともに言えてない」

 

 阿里沙は、言いにくそうに、目を伏せて口先を濁した。 

 

「分からない?揉めてる原因は、私たちみたいなんだよね」

 

 頭を太い棒で叩かれたような衝撃が祐介を襲った。考えられるのは、直接、知り合ってもいない人間をどうして助けたのか、もしくは、何か、あるいは誰かを犠牲にして救出されたかだ。後者の場合は、最悪だろう。誰かの命の上に、今の時間があると想察するだけで胸が重くなる。

 それでも、祐介は入口に歩き出した。どういった理由があろうとも、彼らに助けられたことに変わりない。これから先、共に生き延びる為のメンバーなのだ。

どんなに酷い環境だろうと、信頼関係を結ぶのに必要なものは変わらない。普段からしている挨拶や礼節、気配り、心配り、それだけは世界がどれだけの規模で崩壊しようとも不変だ。

 人間的思考を欠落させれば、そこで全てが終わる。現在のような環境なら尚更だ。

 様々なものが理不尽に奪われ、変わっていく世界でも、人間の根底は変わらないのだと思うと、祐介は微笑ましい気持ちになり頬が緩んだ。

 訝しそうに阿里沙が訊いた。

 

「......どうしたの?」

 

「いや、こんな世界のなかでも、人間って根本は変わらないんだなって思うとさ......なんか、すっ、とした」

 

「なにそれ......」

 

「さあ......俺にもよく分かんない」

 

 キョトン、とした阿里沙を祐介が見て、二人はどちらともなく笑いだした。この穏やかな時間がいつまでも続けば良いと思うのは、贅沢なのだろうか。二人の笑い声を遮ったのは、何かが倒れるような音だった。弾かれるように、二人は同時に音の方へ顔を向けた。そう遠くはない、恐らくは同じフロアだろう。

 祐介は、念のためにスタンドライトを持ち、扉へと近づいていき、僅かな隙間から廊下を窺った。人影はない。しかし、確かに人の気配は感じる。

 唾を飲み込もうとしたが、緊張で乾いた喉には、何も通らなかった。スタンドライトの重みを確認するように、もう一度、強く握り、阿里沙へ頷いてみせる。じっくりと時間を掛けて、二人は廊下に出た。水を打ったような建物の中というのは、これほど不気味なものなのだろうか。なんの色気もない無機質な壁に左手を添えて、ゆっくりと歩き出した祐介の服の裾を掴んで、阿里沙も続く。隣の部屋の扉にたどり着いた瞬間、再び聞こえた物音、それに混じり、聞こえたのは、男性の怒鳴り声だった。




ちょっと前回ミスってました、すいません
修正しました

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