怪訝に思い、祐介は振り返った。
「どうして?お礼もまともに言えてない」
阿里沙は、言いにくそうに、目を伏せて口先を濁した。
「分からない?揉めてる原因は、私たちみたいなんだよね」
頭を太い棒で叩かれたような衝撃が祐介を襲った。考えられるのは、直接、知り合ってもいない人間をどうして助けたのか、もしくは、何か、あるいは誰かを犠牲にして救出されたかだ。後者の場合は、最悪だろう。誰かの命の上に、今の時間があると想察するだけで胸が重くなる。
それでも、祐介は入口に歩き出した。どういった理由があろうとも、彼らに助けられたことに変わりない。これから先、共に生き延びる為のメンバーなのだ。
どんなに酷い環境だろうと、信頼関係を結ぶのに必要なものは変わらない。普段からしている挨拶や礼節、気配り、心配り、それだけは世界がどれだけの規模で崩壊しようとも不変だ。
人間的思考を欠落させれば、そこで全てが終わる。現在のような環境なら尚更だ。
様々なものが理不尽に奪われ、変わっていく世界でも、人間の根底は変わらないのだと思うと、祐介は微笑ましい気持ちになり頬が緩んだ。
訝しそうに阿里沙が訊いた。
「......どうしたの?」
「いや、こんな世界のなかでも、人間って根本は変わらないんだなって思うとさ......なんか、すっ、とした」
「なにそれ......」
「さあ......俺にもよく分かんない」
キョトン、とした阿里沙を祐介が見て、二人はどちらともなく笑いだした。この穏やかな時間がいつまでも続けば良いと思うのは、贅沢なのだろうか。二人の笑い声を遮ったのは、何かが倒れるような音だった。弾かれるように、二人は同時に音の方へ顔を向けた。そう遠くはない、恐らくは同じフロアだろう。
祐介は、念のためにスタンドライトを持ち、扉へと近づいていき、僅かな隙間から廊下を窺った。人影はない。しかし、確かに人の気配は感じる。
唾を飲み込もうとしたが、緊張で乾いた喉には、何も通らなかった。スタンドライトの重みを確認するように、もう一度、強く握り、阿里沙へ頷いてみせる。じっくりと時間を掛けて、二人は廊下に出た。水を打ったような建物の中というのは、これほど不気味なものなのだろうか。なんの色気もない無機質な壁に左手を添えて、ゆっくりと歩き出した祐介の服の裾を掴んで、阿里沙も続く。隣の部屋の扉にたどり着いた瞬間、再び聞こえた物音、それに混じり、聞こえたのは、男性の怒鳴り声だった。
ちょっと前回ミスってました、すいません
修正しました