感染   作:saijya

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第4話

 支局の電話が鳴った。本社から直接送られてくる長いコール音は、毎朝の業務連絡を兼ねている。今日の取材予定や、なんらかの事件が起きた時に、その報告が朝一に入るのだ。浜岡は、机の上にある受話器を持ち上げ耳に当てた。

 

「おはようございます。浜岡です」

 

 田辺を一瞥し、二言、三言交わし、浜岡が電話の主に言った。

 

「今日の取材は......九州感染事件を追ってみようと考えています」

 

 田辺は目を剥いて、浜岡に詰め寄ろうとしたが、それを左手で止められた。ピン、と伸ばされた掌には、有無を言わさぬ圧力がある。しばらくして、浜岡の表情が険しくなった。会話の内容は分からないが、良い話し合いにはなっていないことだけは明らかだった。浜岡が声を荒げる。

 

「規制、規制と言われていますねえ......なら、誰がこの大規模な事件を世間に公表するというんだ!今、こうしているだけでも何人が感染している!答えられますか!?日本の一部だろうと、なんだろうと、その原因を世間に発信するのは、我々の仕事だ!」

 

 電話を一方的に切った。常に冷静さを真っ先に立たせてきた浜岡の怒鳴り声を目の当たりにし、田辺は我が目を疑った。

 

「は......浜岡さん?」

 

「......涙を見せないということは、君はまだ納得していないのだろう?なら、最後までやってみるといい」

 

「良いんですか?何があるか分かりませんよ?」

 

 浜岡は、椅子に座ると、眉間の皺を深く刻み、田辺を見上げて言った。

 

「後輩が犯した間違いの責任をとることは、先輩の役目だろう?だだし、このままでは、こちらはなんらかの処罰を受けるだろう。これを回避するにはどうしたら良いか分かるね?」

 

 田辺は、深く頭を垂れた。

 浜岡の決断は、決して軽い訳ではない。田辺の姿勢もまた、決して軽い訳もない。

 国から規制がかけられた以上、おおっぴらに取材を出来なかった。規模も考慮すれば、片手間でやれる仕事ではないのだ。一人では限界があり、田辺も重々承知していた。味方がいる、これだけで、随分と勇気付けられただろう。そんな田辺を尻目に、浜岡は引き出しを開き、デジタルカメラを一台、田辺へ渡した。

 

「これを持っていくと良い。君が使っているフィルムカメラも良いが、こちらの方がすぐに確認出来る。雑感を拾い、新鮮な情報を手に入れることを考えながら動くんだ」

 

 田辺は頷いて、渡されたカメラを首から提げた。浜岡は、そこまで見届けてから、最後に添えるように発する。

 

「なによりも、自分を守ることを優先すること......これだけは守ってくれ」

 

「分かっています。何があるか分からないので、浜岡さんも、充分に気を付けて下さい」

 

 礼は必要なかった。浜岡に報いることだけが、田辺にとっての礼だ。全てが終わった後で、ありがうございました、と頭を下げれは良い。田辺は、踵を返して、振り返らずに支社を後にした。歩き去る田辺の背中を眺めつつ、浜岡は呟く。

 

「昔は、ああやって上司を困らせたものだったね......今となっては、守るものが出来て受け身になっていたけれど......こんな世の中、求められているのは、彼のような男なのかもねえ......さて、こちらも、準備をしなくちゃね」

 

 事件発生から、三十七時間後の午前七時、九州地方では、最悪な夜明けとなるであろう時間に、浜岡の声は、澄んだ清流のような東京の青空へと、吸い込まれるように溶けていった。




浜岡あああああああああああああ!!好きだあああああああああああ(!?)www

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