「では、今の世の中で強者とは?」
「決まってんだろ、自分の身は自分で守れるやつだ。文字通りな」
東は、煙草を階下へ指で弾いた。火が点いたままの煙草は、初老の男性だった死体の開かれた腹部へ落ちる。守れなかった者の末路が、あれだと言いたいのだろう。
「アンタと俺は一心同体だ。なにかありゃ、半身として俺が守ってやるよ」
「頼りにしていますよ」
安部は、目の前に立つ自身の半身へ言った時だった。突然、二階の出入り口から拍手が響いた。慌てて二人が顔を向けると、そこにいたのは、二人と年齢が近そうな男が一人、にっこりと笑っていた。
見覚えがある。確か、立て籠り組の一人だ。東は、ベルトに挟んでいた拳銃を白々しく抜いて、やや声を張った。
「なんだ?誰だよ」
男は、晴れやかな笑顔を崩さない。それどころか、二人に対して右手を差し出してきた。
不審に感じた安部は、差し出された右手から視線をあげ、包装紙に包まれたような破顔を見た。
「初めまして......俺は小金井っていいます」
男の第一声だ。小金井が右手を軽く振ってから、再び微笑んだところで、東が訝し気に言う。
「なんの用だ。邪魔だ、あいつのようになりたくなきゃあ、俺の視界から一分以内に消えろ」
小金井は、横目で階下の惨状を盗み見た。人間一人の解体を終えた使徒達が、徐々に初老の男性から離れていく。
残っている胴体は、ぱっくりと割られ、中身は空っぽになっていた。強引に引きちぎられた四肢の名残が僅かに残る程度の肉体をさらけ出している。
小金井は、鼻を鳴らして両手を叩き始めた。
「いやぁ、さすが狂った世界の中心にいるだけあるなあ......こんな間近で死体が見れるんだから......」
光悦とした表情を浮かべ、男が満足そうに呟いた。その言葉に、東は眉をひそめる。
「......お前、死体愛好家かなんかか?気持ち悪い......」
小金井は、興奮しているのか、東の口舌など意にも介していないようだ。熱っぽい眼差しで口調を荒げた。
「さっきのアンタらの会話も聴いてたよ......最高だね。こんなに狂った人間に出会えるなんて、一生のうちにあると思わなかった!ああ、今日はなんて良い日なんだ!ずっと叶わなかった夢が叶ったんだから!」
肩で息を繰り返していた小金井は、そこまでを早口で述べると、急に熱が引いたように俯いた。安部と東は、そんな小金井に、少し気圧されているのか、二人して口を詰むんでいる。
やがて、小金井は鏡のように冷たい声で言った。
「俺は、もっと死体が見たい......頼む、仲間にしてくれないか?アンタらとなら自分に足りなかったものが埋まる筈なんだ」
仕事が忙しい……