現実逃避の典型だ。誰かや何かに理由をつけなかれば、行動すら出来なくなる。水が漏れ出すのは、器がその許容を越えてしまったからだ。
あとは、決壊して水が無くなるのを待つばかり。だが、この状況でダムが壊れるのは非常にまずい。もしも、大声など出されたら、扉が異常者の圧に耐えきれず、破られてしまうだろう。
彰一は、落ち着かせるように、柔らかく言った。
「ああ、そうかもな。俺は、誰かに危害を加える側の人間だったから、お前の言ってる悪意とは違うかもしれねえが、身近にそんな意思をもって近づいてくるやつなんか腐るほどいる。遠ざけたくなるのも当然だろ」
悄然と祐介は項垂れ、加奈子を一瞥した。こんな小さな少女から声を奪い去るほどの悪意が渦巻いている北九州に希望はあるのだろうか。まるで、昔見た人類の滅亡を描いた映画のようだ。
「そうだよな......遠ざけたくもなるよな......」
ぼやいた祐介は、扉に向き直った。彰一が片眉をあげた。
「......変なこと考えんなよ?」
「大丈夫だ。もう、吹っ切れたよ」
祐介は、扉に触れて、額を当てた。噎せそうな鉄の匂いに混じり、木の細かな香りがある。父親が、身を呈して悪意から守ってくれた。その事実があれば良い。父親に救われた命、その重さは二人分、いや、三人分、いや、八幡西警察署にいた全ての人数分はある。
命の襷は、今、生きている四人に回されているのだ。落ち込むことなどいつでも出来る。とにかく、いまは受け継いだ命の襷を次に繋げることに全力を注ごう。
祐介は、胸中で感謝を述べて、不安そうに見守る三人へ振り向いて言った。
「なあ、誰かここから出る為の良いアイディアないか?」
※※※※※※
「おい、あれ見ろよ」
真一が指差したのは、門司港レトロ内、九州鉄道記念館に繋がる駐車場だった。
まさに、奇跡のような光景がそこにある。乗り捨てられた三人が乗っていたトラックと同種、自衛隊で使われているトラックが傾いた状態で放置されていたのだ。
走り出した達也に二人が続く。浩太と真一は見覚えがあったが、そんなことはどうでも 良かった。ようやく、足を見つけた喜びのほうが強い。到着と同時に、達也は運転席に回り込み鍵を回した。
しばらくから回ったエンジンに、三人は身体を強張らせたが、数秒後に、問題なく鼓動を刻み始める。あのとき、真一は正確に右の前輪だけを撃ち抜いていたようだ。あれだけ不安定な中で、幸運だったというべきだろうか。それとも、真一の腕が良かったのか、いまとなってはどうでもいいことだろう。運転席に座る達也がトラックから降りた。
「あとは、タイヤだけだな……確か、予備は荷台にあるかずだよな?」
「ああ、これを乗り捨てた奴等がなにもしてなければな」
浩太の返事に、達也が怪訝そうに訊いた。
「知ってる奴等か?」
これだけの情報なら、達也は自衛官の仲間の誰かだと思うだろう。浩太は小さく首を振った。
さて、そろそろだな……