「心にもねえこと言ってんなよ。今、アンタはそんのことを思ってないはずだ」
安部の隣に腰を落とした東は、もう一つケーキを口に運んだ。
「アンタの望む兵隊も出来た。手足はこの俺、頭脳はアンタだ。なら、次にどうするかを考えてなきゃいけない。違うか?」
皮肉のような口振りに、安部は苦笑した。そんな小さなことに気を使うより先に、やるべきことがある。
安部は、周囲を見回した。物干し竿のように長い棒の先端に包丁を装着した即席の槍や、スポーツ用品店から持ってきた金属バット、はてには車の部品や食料まで、人質同然の扱いを受けていた人々から集められてきている。戦国時代の合戦前のような光景だ。
従順な兵隊としては未完成だが、一応の統率はとれている。一先ずはこれで良いだろうが、東いわく懸念が残るとのことだった。
「まずは、この集団に完全な悪意を叩き込んで逆らえないようにする方法」
「逆らえば殺すと脅せば......」
半分ほど残ったケーキを、ぞんざいに投げ捨て、くつくつと笑い煙草に火を点ける。
「甘えよ。そんなのは自分に芯がない人間だけにしか通用しねえよ。確かなもんが一本貫いてる人間ってのは、そう簡単には落ちない。しかも、厄介なことに、そいつはどれだけ自分が傷付こうとも意にも介さない」
まるで、そういう人間を知っているような口調だった。凶悪な三拍眼を持って、東は煙草のフィルターを噛んでいる。初めてみる顔だった。世間からは異常者と認識されている東が、初めて露にした怒りの形相だ。九州地方が使徒に埋め尽くされる前から、世界というコミュニティーから外れた男に、こんな感情を抱かせるのは、一体どんな人間なのか、安部は興味本意で訊いた。
「そんな方がいたんですね?」
決まりが悪いのだろう。東は舌打ちを交えながら、煙草を踏み潰し、靴底で捻る。
「ああ、糞みてえな偽善者だったよ。記者って仕事柄、隠れても潜んでも俺を見つけだしおってきやがった。お蔭で東京に三年近くいるはめになった。どんな嫌がらせにも負けねえって芯があってよ......思い出しただけでヘドが出る」
安部は、こうなる前から簡単に人を殺していた殺人鬼からの嫌がらせを想像しようとして止めた。無駄な事だ。きっと、安部の予想など容易に越えていく。
「その方をどうやって振り切ったのですか?」
「あ?決まってんだろ?周辺からかき乱してやったんだよ。そいつの近しい人間を一人殺ってやったんだ。バラバラにして、公園のゴミ箱に捨ててやったよ」
公園に女性の頭部が放置されていた未解決事件が安部の脳裏を過った。異常者の犯行として警察が総力をあげて捜査に当たっていた映像を覚えている。
サイコパスの犯行、ホームレスによる犯行、様々な憶測が飛び交った凄惨な事件だ。
眠い……
あれ?これヤバイ?またインフル?w