もう嬉しすぎてどうにかなってしまいそうです!
安部の演説じみたスピーチに耳を傾けなければ、東になにをされるか分からない。
「我々は、世界を救済するという崇高な志の下で行動しています。その手段の一つが使徒の作成です。彼らは腐りきった世界へ怒りの鉄槌をおろす存在として、急激に数を増やしています。なぜか、分かりますか?」
安部は出し抜けに、女性を一人指差した。短い悲鳴をもらした女性は、噛み合わない歯を何度も鳴らした。雑然とした安部の言葉に、なにかを感じとっていなければ殺す、と遠回しに宣言されているようなものだ。
「わかりませんか?それとも、分かるが答えないつもりですか?」
恐らくは、前者のほうだろう。エスパーでない限り、つい数分前に初めて会った人間の考えを読むことなど、分かっている方が異常だ。そんな女性の背後に、東が音もなく近付き、こめかみに銃口を当てる。
「おい、安部さんが聞いてんだろ?無視か?」
「ひっ......すみませんでした......撃たないで......撃たないでください!」
東は、安部にアイコンタクトを送り、確認がとれてから銃口を離した。日本における銃の圧倒的存在感は、絶大な効果をもたらしている。女性が声を振り絞るような細い声を出した。
「わ......わかりません......」
いい終えた女性の額に穴が開いた。脳漿を辺りに散らしながら、倒れる女性の死体を無感動に眺めつつ、安部は両手を大きく横に広げる。
「貴女方のように、人の苦しみに目を向けず、理解も出来ない人間がいるからですよ!良いですか?彼らは使徒なのです!神の使いなのですよ!貴女方の無関心が、貴女方のような人種が、この世界を狂わせているのです!貴女方が、世界を腐らせているのですよ!」
ひどく演技かかった手振りと身振りで繰り広げられる安部の演説は、とても理解できるものではない。だが、その怒鳴り声と、振り回される銃器により、人々は安部の挙動一つに目を配る。これも、安部の狙いだった。
この場の支配者は誰だと、この場を仕切るのは一体誰だと刷り込もうとしているのだ。加えて、命の選択を握ることもアピールしている。選択肢を潰していくことが目的だった。
そして、安部は止めの一言を口にした。それは、先程までとは打って変わった穏やかな口調だ。
「そんな腐った世界を、私と共に変えてみませんか?」
※※※ ※※※
「大層なご高説だったな」
中間のショッピングモール二号館の休憩所に座っていた安部は、その声に顔をあげた。いつもは、最新映画の案内が流れるテレビも、砂埃を流しているだけだ。廓寥とした空間の中では、東の甲高い声はやけに響いて聞こえる。両手に持っていたケーキを口に運び、クチャクチャと音をたてて食べていた東に安部が言った。
「猥雑な行為はしないで下さい、モラルに反します。ゴミはゴミ箱へ」
ケーキに付いたビニールテープを剥がした東は、口の中で転がして、唾のように吐き出した。
安部の背後にある花壇の草が揺れる。
なんでこんなに尾をひいてんだろ
病院行ったのに……
皆さんもお気をつけて!