野田は、リビングを横切りキッチンに向かい、冷蔵庫からビール瓶を取り出し、グラスを二つ大理石のテーブルに置いた。
「呑むか?安物だが、味は良い」
「相変わらずですね、野田さんは」
田辺は、差し出されたコップを受け取りグラスを傾ける。注がれる黄金色の液体から感じる冷たさに喉を鳴らす。野田のグラスには、田辺が注ぎ、二人はグラスを合わせると、一気にあおった。昼間から呑む酒の旨みは格別だ。
「旨いな......染みる......」
「もう一杯いかがです?」
「いや、その前に、お前の目的を知ることが先だな」
なるほど、相変わらず強かな男のようだ。録音機器を置いただけでは納得はしていない。貴子に遠慮して口にはしなかっただけのようだ。
野田が、酒を勧めた理由は、本当に取材目的ではないかを確かめるためだった。正常な判断力を鈍らせるアルコールを口にしていなければ、田辺は今頃、追い出されていたのだろう。これは、素直に貴子へ感謝した。彼女との会話が無ければ、野田の警戒を買い、事件が終わるまで話しが聞けなくなっていたかもしれない。
田辺は、間をおかずに言った。
「一人の友人としてきた、そう言ったじゃないですか。そんな固い話しは抜きにしましょう」
「......最近はどうだ?仕事は順調か?」
「順調な訳ないでしょう。犯罪者が少ない国とはいえ、毎日、なにかしらの事件が起こるし、その取材にも赴く。たまに嫌になることもありますよ」
野田は、そうか、と呟き、ビールを注いだ。
「野田さんは、どうです?......いや、野暮でした、忘れて下さい」
田辺は、ばつが悪そうに振る舞う。自分で言っておきながら申し訳ない、と頭を下げた。野田は、気にするな、とばかりに田辺のグラスに瓶の口を傾けた。
「こっちも大変だよ。九州地方への対応に追われている......」
野田の瞳が真下に動き、レコーダーを注視していた。田辺は、電源が間違いなく切れていることを改めて確認させた。
「墜落事故から、感染事件......卒爾な事態にも対応しなければいけないとあれば、気苦労もそれなりに積もるでしょうね」
「ああ、まったく、テロリストにも困ったもんだ」
「医政局はなんと言っています?いや、医薬食品局ですかね」
野田は首を振り、疲れたような溜め息を吐いた。
「どちらも何も掴めていないようだ。まあ、死者が甦るなんて眉唾物な話を鵜呑みにするほどお人好しではないからな」
グラスにロックアイスを入れ、そこにビールを追加した。田辺も真似て、半分ほどを喉に通し、抑揚なく言った。
「それがですね、案外、眉唾物ではないんですよ」
グラスを持った手が、ピクリと反応する。口をつける寸前だったグラスを置いて、野田が訊いた。
「どういう意味だ?そういう事例があるのか?」
田辺は、顎を引いて僅かに沈黙を流し、野田の興味を寄せた。
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