貴子の憂慮は、よく分かる。今にも泣き出しそうに、膝の上で両手を握りしめていた。
お行儀の良いお嬢様ではなく、貴子は一人の娘なのだ。浜岡との通話から、田辺は感覚が鈍っていた。
生半可に、浜岡のアドバイスを受け取っている何よりの証佐だ。でなければ、他人とも言えない貴子に、ここまで冷淡な態度をとれないだろう。浜岡にとって他人の不幸が飯の種、記者という生き方を選んだのであれば、それも間違いではない。家庭がありなら尚更だ。
田辺は記者として失格なのだろう。殺人鬼を追い掛けたりするなどしなくて良い。今回の事件も解き明かす必要など無いのだ。そう、田辺は持ち前の正義感に駆られ、個人的に動いている。社会とか、世間とか、組織とか、そんなしがらみに捕らわれることなく、田辺は動けている。
田辺は、この事件を明るみにした時に、必要なものが増えたなと苦笑した。
「貴子さん、なにかあったにしろ無かったにしろ、不安な時には僕に連絡を下さい。必ず、駆けつけますから」
辞表に書く出だしの一文は何が良いだろうか。
田辺が、そんなことを考えながらそう告げ時、玄関の方から鍵が外れる音がした。貴子が涙を拭って玄関に早足で向かう背中を見送り、田辺は紅茶をもう一口だけ飲んだ。
久しぶりの友人に会うのは、なぜか緊張するものだ。リビングへの扉が開かれ、田辺は立ち上がった。振り返り、懐かしい友人に向けて口を開いた。
「お久しぶりです。野田さん」
瞠目する野田をよそに、娘の貴子は、サプライズが成功した喜びを隠しているようだ。先程とは明らかに表情が違う。
「田辺、お前が何故ここにいる?」
野田の質問に、田辺は肩をすくねて答えた。
「一人の友人として来ました。そう威嚇しないで下さい」
大理石のテーブルに、電源を切ったボイスレコーダーと携帯電話を置き、取材目的ではないとアピールを送る。それでも、野田の視線は、田辺の服に膨らみがないかを探るように忙しなく動いていた。
田辺は、上着を脱ぎ、逆さまにして上下に振り、そのまま上着を投げ渡した。
「どうぞ、あなたとは腹の探り合いなんてしたくはないので、存分に調べて下さい。終わるまで待っていますから」
「......いや、その必要はないみたいだ。悪かったな。昨夜から記者の連中に追われてか敏感になっていたようだ」
野田は貴子に席を外してくれ、と目配りを送り、貴子が自室に戻ったのを確認してから言った。
「久しぶりだな。あの時以来か?」
いず様いず様いず様ーー!はい、気持ち悪いね、すいませんw