階下から聞こえる破裂音や、甲高い叫喚、幼い少女が聞くには、過酷なものだった。
今の加奈子は、恐怖を発散する術を持たない。声を失っていなければ、どれだけ楽だっただろうか。張り裂けそうな鼓動を抑えるように、加奈子はへたりこんだ。
阿里沙が堪らず、加奈子を抱きしめた。高校生の祐介すら、受け入れきれない現実、何も出来ない無力感に苛まれ、逃げるように父親へ視線を向けた。
「親父!早く来い!」
「一枚、左側の扉を閉めろ!」
走りながら父親が言った。彰一が言われるがままに左の扉を閉め、祐介は道場内に入り、父親の逃走ルートをあける。四人の下へ全力で走ってきている安藤感から祐介が脱力した瞬間、父親は開いたままの右扉に身体をぶつけて扉を閉じた。祐介は目を丸くし反応が遅れ、取っての隙間にパイプが侵入する。手を掛けて引く木製の扉、つまり、中から開くには、閂になっているパイプを折るか、抜くしか方法がない。
「おい......おい!どうつもりだ親父!」
弾かれるように、木製の扉に詰め寄った祐介は、僅かな隙間から父親を窺う。その表情は、最後の時だと如実に伝えるような満面の笑みだった。
「良いか、祐介、男が本当の意味で死ぬ時はな、誰かを守れなくなった時だ。俺は、あいつを見捨ててしまった。だから、お前が俺の生きた証になってくれ」
「そんなこと言うなよ親父!頼むから、ここを開けてくれ!」
祐介は、目の前にある木製の扉を叩き続ける。破れた皮膚から血が流れだすが、構っている場合ではないのだろう。武道場の窓から、黒崎の街を哨戒していた彰一が叫んだ。
「ヤバイ......奴等、他の場所からも集まってやがる!」
階下で鳴っていた数多の銃声、阿里沙が耳を塞いで、恐怖に押し倒されるたように、しゃがみこんでしまう。それでも、祐介は父親の説得を続ける。もう、祐介に残された肉親は、父親しかいないからだ。涙で視界が霞む目を見開き、必至で訴える。生きてくれ、俺を置いて行かないでくれ。
「ここで死ぬことで、お前が生きている限り、この死に意味が出来る。勝手な父親の言い分であり、我が儘だろうが、頼む!お前は......お前達は生き延びてくれ!」
銃声が消えていく。代わりに聞こえてきたのは、甲高い悲鳴と、金切り声、そして階段を上がる大勢の足音だ。父親は扉の前で、両腕を守るように広げ扉に背中を預ける。
今度は、天寿を全うするような穏やかな笑みを浮かべ、一人の男として、子供を守る一人の父親として叫んだ。
「来い!狂人共!絶対にここは破らせんぞ!」
「親父!やめてくれ!お......」
首投げの要領で祐介を倒したのは彰一だ。すぐさまマウントをとり、体重をかけて口を塞ぐ。
曇もった声にならない声をあげる祐介の眼界に、スローモーションで扉の隙間から鮮やかな朱色が飛び込んできて散った。
「んん!んんんんん!」
隙間の奥、父親の影は決して扉から離れることはなかった。何かが終わる時というのは、こんなにもゆっくりと時間が経ってしまうものだとしたら、祐介は耐えられる自信がなかった。
最後に見た父親の笑顔が鮮明に焼き付いた祐介は、M360を託された右手を父親の声が聞こえなくなるまで、いつまでも伸ばし続けた。
次回より第6章に入ります
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