殺伐とした空気の中、祐介は異を唱える。いや、本音を言えば、噛まれた者が異常者になるのであれば、次に矛先が向けられるのは、父親か、治療を受けていたもう一人だ。母親を奪われて、僅か数時間で父親を失いたくない。その一心で、祐介は銃を構えた父親の前に立ちはだかった。
「ちょっと待てよ!まだ、そうなるって決まった訳じゃないだろ!」
「そこをどけ、祐介」
「駄目だって!頼むからみんなも、親父も落ち着いてくれよ!」
じっ、と対峙したまま二人は動かない。息を呑む時間、祐介の後ろで、壁に行き詰まり、身を丸めて小声で自らを擁護する女性と、机に寝ていた男性に少し振り返った直後、横になっていた男性が、大きく息を吸い込んだ。胸が膨らみ、やがて萎んでいく。それっきり、胸部の上下はなくなった。
息をするのを止めてしまっていた。治療をされていた怪我は、腕と両足、骨が露出してはいたが命に別状はなかった筈だ。それは一つの仮定を祐介に突きつける結果となる。異常者に噛まれた場合、傷の度合いによらずに、いずれ死に至るのではないか、ということだ。
「そこから離れろ!」
飛び出した影は、今しがた息を引き取った男性に覆い被さった。両手でバタフライナイフを振り上げ、一心不乱に男性の腹部を何度も刺し貫いた。腹が破れ、露出した臓器の臭いが広がっていき、嘔吐する者が続出する中、手が血で汚れ、ナイフが滑り落ちることで、ようやく荒い呼吸を繰り返しながら彰一が止まった。そして、震える女性を睥睨する。
染まった顔面、血が滴り、眼球に入ろうとも瞬きもしない。男性の額にナイフを浅く刺し、女性から目を離さずに、靴の底で柄を渾身の力で踏みつける。グジュ、と何かが潰れた音がし、刃が男性の頭の中へ消えた。
死後硬直だろうか。数回、弛緩した身体が、ピクピク、と微弱な電流を流されたように震動していたが、やがて動かなくなる。
そんな猟奇的な光景が、女性に更なる恐怖を煽った。
「いやあああああ!」
今度は、自分の番になる。しかも、生きたまま同じことをされる。祐介や父親も含め、全員がそれを想像した。動けなかった。祐介はただただ唖然としていた。
同じ年齢で同じ地域で生まれ育ち、ましてや、同じ人間だ。どうしてこんなことができる?
彰一から憎しみに満ちたドス黒い風を感じる。その風圧にも似た何かによって、祐介の足は前に出なかった。
「助けて!助けてええええええええええ!」
腰を抜かし、泣きたてながら床を這い回る女性を一目見て、彰一は唾を吐き捨てた。殺す気だ。男性の額から突き出たようなナイフを抜き、逆手に構えた。
なんか俺、病んでるように見えるかもだけど、正常だから!正常だから!(大事なことは二回言わないとねw)