祐介は大儀そうに鼻を鳴らした。典型的な不良言葉を聞くのは久しぶりだ。不満そうに彰一が立ち上がった。
「なんか文句でもあんの?」
ポケットから取り出したのは、血に塗るたバタフライナイフだった。見せびらかすようにちらつかせている。
「......お前、ここに来る前に何人か殺したのか?」
「ああ、殺ってやったよ。そうしなきゃ殺されてた」
「友達とかか?」
彰一の右眉が、ぴくり、と反応した。
最初に声をかけた時、祐介は彰一の「誰も信じない」という言葉に妙な違和感を感じ、考えていた。
不良は、いわゆる反発の塊だ。大人は信じない。子供同士でつるみ、友達を身内と呼び合う。絆や仲間意識の高さは、なによりも固いのだ。学校のグループなどを眺めていれば、その打ち解けあう早さと、仲間意識に驚いていた祐介からしてみれば、不思議でならなかった。
警戒しているから、と指摘されればそれまでたが、どうにも構えすぎている気がしていた。
祐介は、素知らぬ顔でカマをかけたのだ。案の定、少しばかり反応を示した彰一の両目が見開き、怒りに任せて祐介へ飛び掛かろうとした時、一階のロビーで悲鳴があがった。二人が反射的に動くのと、銃声が響いたのは、ほぼ同時だった。祐介が見たのは、信じ難い光景だった。
異常者の集団に襲われ、咬傷を負わされた男性を治療していた女性が右腕を抑えて床に座り込み、その隣には、男性の死体が転がっている。
硝煙を流している銃を持っていたのは、祐介の父親だ。
「お......親父?なんで......」
父親は、狼狽する祐介を遮り、声を張り上げた。
「加藤!奴等に殺された人間が甦るんじゃなかったのか!彼はまだ死んでいなかっただろうが!」
呆然と成り行きを見ていたらしい加藤は、父親の怒声で意識を取り戻した。
「わ......分かりません!死んだ数多くの人間は確かに立ち上がりますが......」
「じゃあ、これはどういうことだ!彼は噛まれただけではなかったのか!」
「その筈です!だから、何がなんだか......」
騒然となる場、さっきまでの静けさが嘘のようだ。横たわる男の死体から逃げた女性に注目が集まるのは必然だった。
女性の噛み傷から血が流れているのを見て、誰かが叫んだ。
「あの女を殺せ!あいつも奴等みたいになるかもしれない!」
女性が怯えきった表情で近くにいた警察官に視線を送ると、短い悲鳴をあげて離れていく。それがスイッチのような役割を果たしたのか、憂倶そうな女性の挙動一つ一つに全員が恐れおののいて距離を空けていく。
「わ・・・・・・私は正常です!信じてください!お願いです!」
「信じられるか!誰か早くあの女を殺せ!」
「そんな!お願いします!やめて下さい!お願いします!」
どれだけ懇願しても冷淡な態度は変わらない。女性は小さく何かを呟きながら後退り
、やがて背中を向けて走り出した。どこに行くなどと決まってはいないのだろう。ただ、この異様な者を排除しようという空気から逃げ出したくなっただけだった。
ふふふ……ちょっと悲しくなってきたw
あ、ちなみに八幡西署は実際三階建てです