「この娘、名前は?」
問い掛けに、阿里沙は少し言葉を濁した。
「西村ちゃん......かな?」
「なんだそれ......名前が分からないのか?」
「仕方ないじゃない。この娘に聞いても答えらんないし......」
祐介は、軽く息づくと、交通課の窓口からボールペンとポケットノートをとり、女の子に渡した。きょとん、とした表情のままでいる女の子に、宙で文字を書く真似をしてみせる。
「ここに名前、書けるかな?」
女の子は小さく頷き、数秒後、年相応に歪んだ文字で「にしむらかなこ」と書かれた一文を二人に向けて両手で突き出した。覗き込んだ阿里沙が感心したように言った。
「なるほど、筆談かぁ......考えつかなかったなあ......」
「......まあ、前にも似たようなことがあってな」
加奈子は、ポケットノートを返そうとしたが、祐介は右手で止めると、優しく押し返し、加奈子の頭を撫でてから立ち上がる。
「阿里沙、逃げきれたのはお前達だけか?」
「ううん、私もよく覚えてないけど、あと、三人はいたよ。うち、二人は治療中だけど......」
阿里沙の視線が泳いだ先に、男が一人座っていた。祐介も見覚えがある男だった。区内では有名な不良、坂本彰一だ。苛立たし気に貧乏揺すりを繰り返している。
露骨に嫌な表情をした祐介に、阿里沙は苦笑した。
「そんなに嫌そうにしなくて良いじゃない」
祐介は不満を言う。
「よりによって、アイツかよ......最悪だな」
彰一が結成している不良グループは、窃盗や喧嘩、暴走行為を繰り返している。そのリーダーとして名を馳せた男だ。父親から、幾度となく補導されてきた話しも耳にしていた。あまり良い印象があるとは言い難い。
「だけど、ここにいる間は一緒にいるんだし、同い年でもあるでしょ?仲良くしておいた方が......」
阿里沙の言い分はもっともだ。助け合わなければ、なにかしらの不具合が起きる可能性もある。そうなると、非常に厄介だ。諦め気味に祐介は溜め息を吐いて、彰一に声を掛けた。
「よお、確か坂本彰一だったよな?」
「あ?誰だよ、お前」
彰一の目には敵意が込められていた。いや、どちらかというと近づく者全てに怯えているように見える。瞳が忙しなく動き、一箇所に止まっていない。
「ああ、悪かったな。俺は上野祐介だ、これから頑張っていこうぜ」
祐介が差し出した手を彰一はしばらく眺めていたが、やがて横を向いた。
「・・・・・・うるせえよ、どっかいけ」
「おい、そりゃないだろ!現状が分かってんのかよ!今は変な意地を張ってる場合じゃねえだろ!」
マズイ、頭の中にいる彰一が、だんだんツンデレみたくなっていってるw