少し離れたところから軽い足音がする。二人は揃って顔を向けると、厚い雨雲が遮る空から、差し込む光のような笑顔の加奈子が柄杓と手桶を持って駆けてくる。その様子を眺めていた浩太が不意に言った。
「いいや、過ぎ去ったから終わった訳じゃない。過ぎ去ったから始まるんだ」
柄杓と手桶を地面に置いた加奈子を浩太が抱き上げると、満面の笑みを浮かべた。大人でも気が滅入る体験をしてきたというのに、やはり子供は強いものだ。すぐに、花をもった亜里沙と線香や供え物を持参した裕介も合流する。
「浩太さん、マンションはどうでしたか?」
裕介の問い掛けに、浩太は苦笑する。
「聞かされた通りだった。三人を田辺さんのとこに行かせて良かったよ……もしも四人で出て行たら今頃、ここにはいない」
亜里沙は、花立を抜きとり拝石に花を置きつつ言った。
「けど、加奈子ちゃんは田辺さんの所でお菓子ばっかり食べてたんですよ?田辺さんも浜岡さんも加奈子ちゃんに甘いんだから……」
溜息混じりの言葉を受け、抱き上げたまま加奈子の口元を見れば、田辺の車でも何かを食べていたのか、少し汚れている。浩太はハンカチを取り出してバツが悪そうな加奈子の口元を拭う。
「けど、家でご飯もちゃんと食べてるんだ。良いんじゃないのか?」
「だけど、このままじゃお肉が付きすぎるんじゃないかって……変な病気になっても……」
「亜里沙は、心配しすぎなんだよ」
ぽん、と肩に手を置いたのは裕介が彰一の墓石に目を向けながら続ける。
「それにさ、俺達は九州地方を生き延びたら、それぞれにやりたいことを決めただろ?今はまだ、これで良いんだよ」
不服そうに唇を尖らせた亜里沙が、横目で浩太に抱えられた加奈子を盗み見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。慌てて立ちあがった亜里沙は、加奈子へ両手を伸ばす。
しばらく亜里沙の腕を見詰めていた加奈子は、ついと涙目を合わせ訊いた。
「お姉ちゃん……怒ってない……?」
「うん、怒ってないよ」
向日葵のような笑顔が咲き、浩太から亜里沙へと移った流れに、田辺は両親を無くした少女という悲劇的な側面を持ちながらも、煢然たる様子が全くない加奈子が少し羨ましく思えた。
野田貴子は、学生でありながらも現在、厳しい管理下におかれ田辺であろうとなかなか面会はできない。浜岡や斎藤も尽力した結果、どうにか自宅から学校、買い物にも行けてはいるが、不自由な生活を余儀なくされている。
「野田のことでも考えてるのか?」