意地悪く言った浩太に、田辺はやや眉間を狭めて胸ポケットに差していたボールペンで頭を掻く。気恥ずかしさなどではなく、純粋に呼ばれ馴れていないのだろう。
「やめてくださいよ、岡島さん……普段の呼び方、話し方でどうか一つ」
「そうか?なら、言葉に甘えるとするよ」
短く笑った浩太は、すいと目線を墓石に戻す。二つ並んだ墓石の碑石には佐伯と坂元が刻まれ、香炉にはそれぞれ煙草が一本ずつさされていた。田辺は、なにも記載されていない墓誌を一瞥して息を吐く。
「キチンとした墓を贈りたかったのですけど、こればかりは仕方がありませんね」
「そうだな。けど、いつかは九州に墓を移すつもりだし、その時でも良いさ」
いつなるかは分からないけどな、そんな意味が含まれた言葉に、田辺は影を落とす。
現在の九州地方は完全に隔離された状態だった。放射能などの影響もそうだが、なによりも危惧されているのは、未だに生き残った死者がいるかもしれないという部分だ。何度も九州地方の上空から爆弾を落としてはいるが、生き延びた五人の証言をもとにした政府は対策に追われている。
そこで田辺は、手にした新聞紙を差し出して言った。
「読みますか?九州地方感染事件について、僕がまとめた記事です」
浩太は、差し出された新聞を手にはしたものの、広げることなく顔の横で小さく振った。
「新聞ってやつは、どうにもいけない。ある程度の知識があることを前提に文字を連ねるからな。俺みたいに学がない人間からしてみりゃ、厄介なもんだ」
不貞腐れるような言い種に、田辺は吹き出した。あれほどの逆境を乗り越えたとは思えない佞悪としていて、幼稚な返答だ。学がなければ身につければ良い。それこそ、命にしがみつくよりは、よっぽど楽なのではないだろうか。けれど、人とはこんなものだ。
目の前の困難に立ち向かう時、人は本物になれる。
「……岡島さんらしい返答ですね」
「どんだけ学がない奴でも面白い記事ってやつを作れないもんかな?」
「面白いとは、面が白いと書きます。新たな物を白紙に連ねるとき、それが出来上がるのかもしれません。それは果てしなく難しいことなのでしょうけど」
浩太は不敵に返す。
「知らないのか?俺達には不可能ってもんはないんだ」
その言葉の説得力を伴いながら、さきほどの学がないという発言との矛盾、そこを突くことなく、田辺は短く笑って返す。
「ええ、そうですね。不可能を可能に、それが人間なのでしょうね……良くも悪くも……それが始まりというものですかね」