感染   作:saijya

422 / 432
第34部 未来

「九州地方感染事件から今日で一年が経過しました。都内の公園に建てられた献花台には多くの参列者が訪れ、犠牲者の追悼を……」

 

 岡島浩太は、そこでテレビを切った。

 2LDKのリビングでスーツに袖を通し、鏡の前に立ってネクタイを整える。カーテンの隙間から入る日差しに一目やり、テーブルに置いていた車の鍵を手に玄関を開いて鍵を掛けた。よく晴れた青空に眉を寄せ、エレベーターに乗り込むボタンを押す。腕時計を確認すれば時刻は朝の十時、予定よりも少し遅れているものの、目的地までは充分に間に合うだろう。

 九州地方感染事件と呼ばれる出来事は世間に広く知れ渡ってはいるが、騒ぎは半年足らずで落ち着き、今となっては普通の日常を送れるようになっている。いや、普通の日常とは言えない。エレベーターを降りた浩太は、ロビーの柱に身を隠し自動扉の外側を覗き溜息をつく。

 田辺から事前に連絡をもらった通り、マンションの出入口には、さすがに一年の節目ということもあるのだろうが、人いきれが起きそうなほど大勢のマスコミが押し寄せてきていた。

 大儀な仕事みたいだとばかりに、浩太は踵を返し住民専用の裏口から抜け出し、駐車場まで息を殺し車に乗った所で、まるで一年前の頃のようだとキーを回した。もっとも、緊張という点では比べようもない。

 浩太はアクセルを踏み、駐車場の出入口でマスコミ関係者に車ごと囲まれる前に、なに食わぬ顔でマンションを後にした。腕時計は十時十五分を指している。約束の時間まで残り一時間十五分、目的地までは三十分もあれば到着するだろう。ドアガラスを開け、煙草に火を点けると、助手席に一本だけ残した箱を置いた。

 

               ※※※ ※※※

 

 県境にある閑静な墓地に車が一台停まっているのを見た田辺は、念のためにナンバーを確認してから自身の車を停めた。約束の時刻より十分前、ピッシリと折り目がついたスーツを着こんだ田辺は、後部座席にいる三人に声を掛けて、新聞紙を片手に車を降りた。

喪服ではアイツに会いたくないし、多分、逆の立場なら同じことを言うだろうな、という見解を受けスーツにしてみたのだが、墓地との不釣り合いは自分でも正しいのだろうかと首を傾げたくなる。

 ここまで来てしまったからには、今更、戻る訳にもいかず、田辺が目的の墓まで歩き始めてすぐに、墓石の前で紫煙を燻らすスーツ姿の男を発見し微笑する。

 

「岡島さん」

 

 田辺の声に気付いた浩太は、軽く会釈すると携帯灰皿に煙草の火を押し付け、さっ、とポケットに納めた。

 

「久しぶりです。田辺さん、いや、支局長って呼ぶほうが良いですかね?」




第34部始まります!
もう終わり近いんですけどね!www

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。