しかし、なぜだ。どうしてあの人がここにいるのだろうか。あまりにも卒爾な事態に、田辺はヘリコプターの轟音により流されるような小声で言った。
「さ……斎藤……さん?」
ただでさえ強い錆の匂いが、ぐっ、と濃度を増していく。
ヘリコプターからの銃撃に撃ち抜かれ、這っていた死者の頭部を踏み潰した浩太が振り返る。
「知りあいか、田辺さん!」
「は……はい、東京での僕の仲間です。けれど、どうやってここに……」
頭の処理が追い付かずにいた田辺は、ヘリコプターの腹部に気付く。そこには、警視庁と大きな文字が入っていた。つまりは、斎藤が東京で動き、説得を試みた結果、協力者を得られたのだろう。搭乗者達も迷彩柄の服を着用し、使用されている銃も警察に採用されていないものだった。恐らく、多くの助力を得て斎藤や三台のヘリコプター、そして同乗者達は、この九州地方にやってきたのだ。報道に規制をかけられ、九州地方への連絡も遮断され、交通機関もなく、立ち入りすら許されなかった、この見捨てられかけていた九州地方にだ。拡声器から斎藤の声が響く。
「お前達は、急いでヘリコプターへ乗り込め!そいつらは、俺達で引き受ける!」
鳴り止まない銃声は、まるで四人を鼓舞しているかのようだ。身体の奥から熱が甦り全身を巡っていく。
まだ、ここで死ぬ訳にはいかない。この九州地方感染事件を、今回の事件を明るみにし、被害者の関係者に事実を伝えなくてはならない。
田辺が記者を志した理由は、まさにそこだ。
「僕は、まだ世間に何も知らせていない。岡島さん、走って!」
「言われるまでもない!俺と田辺さんが道を作る!平山、達也を頼んだぞ!」
「了解!」
浩太がヘリコプターからの銃撃を潜り抜けた死者の一人を殴りつけ、二人は互いに頷きあった。もう後戻りも、死ぬこともできない。ならば、あとは生き延びるだけだ。
「ウオオオオオオオオ!」
揃って雄叫びをあげ、二人は駆け出した。
着陸地点まで浮上していたヘリコプターが戻るが、押し寄せる死者を警戒してかハッチは開かず、四人の到着を待っており、窓から覗く裕介の表情は不安で歪んでた。それで良い。無理なリスクを背負う必要はない。
浩太は、正面にいた死者を蹴りつけ、平山に言う。
「達也は大丈夫か!」
「ああ!まだ、細いが息はある!」
平山の返事に胸中で安堵し、ヘリコプターへの距離を目算で計れば、百五十メートルといったところか。広い屋上を抜ける間に流れ弾に当たるような間抜けな真似はできない。直進距離を一気に抜けること、それが現状では最善だ。