目の前では紅い固形物を歯に付着させたまま、ガチガチ、と音をたてる死者の顔がある。腕力で横倒し、浩太もステップを踏むように下がっていけば、フェンスとの距離が縮まり、ヘリコプターとの距離が開く。それでも死者の進軍は止まらない。今は、まだ引き潮の段階だが巨大な海嘯となるまでには、時間も残されていないのだろう。
ヘリコプターと三人の間を割るように、押し寄せてくる死者を微睡みの中、粗い眼界で見た達也が細い声で言った。
「潮時……みてえだな……浩太、田辺さん……俺を置いていけ……今なら間に合うかもしれねえ……」
「そうか、そんな無駄口を叩く元気があるなら、まだ余裕だな」
死者を前蹴りで遠ざけ、倒れた一人を踏み潰しながら新手が迫ってくる。イタチゴッコな現状を打破するには、強力な武器が必要だが、そんなものは持ち合わせていない。
時刻は、十六時になる。田辺から聞かされた時間まで残り二時間、死者が扉の周囲の壁を破壊するか、空から巨大な死神が堕ちてくるか、どちらかで浩太達に確実な死が待っている。ジリジリと目の奥がひりつき、喉も渇きから引っ付き、呼吸すらままならない、だからといって、下澤や彰一、新崎や真一まで失っている以上、もう奪われるのはごめんだった。
だが現実問題、一体、どれほどの人数がいるのか。唯一、その指針となりそうなのは、入口付近の壁に大きな亀裂が走り出したことだ。
それを見て悪態をついた平山は、一旦、射撃を中断して踵を返しヘリコプターへ乗り込んだ。僅かに目線を切った間に、亀裂が縦横に走り出し、砂となって落ち始める。加えて、浩太達もヘリコプターとは離れており、弾丸も残り数発、もう、限界だった。
平山がヘリコプターのハッチに手を掛ける。その行動に異を唱えたのは裕介だ。
「おい……おい!一体なにを!」
平山は返事もせずに、力一杯ハッチを閉じ、機内から聞こえたハッチへの衝突音にも振り返らない。その後、窓を叩いているのは裕介だろう。機内には亜里沙と加奈子がおり、開きたくても開けない。
平山は、迫りくる三人の死者の頭部へ弾丸を放ち、浩太達を目掛けて走り出す。
「……うおおおおお!」
自分が何をやっているのか理解している。わざわざ、死地に向かう必要などない。ならば、なぜ自分は走っているのか。答えは簡単なことだ。田辺の味方についた時、平山自身が言っている。
仕事と感情、人間として優先するのは、感情だとは思いませんか。平山は感情のままに、人として駆け出していた。
報告ありがとうございました……
ほんと!すいません!!!!!!!!!!!!