感染   作:saijya

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第14話

 ヘリコプターのハッチを開いた平山の誘導で加奈子と亜里沙が乗り込み、機内へ避難していた妙齢の女性と会釈を交わす。続けて、裕介が乗り込んだとき、それは起きた。

 バギン、と屋上への扉が死者の圧力に耐えきれず派手な音をたてて倒され、一気に錆のような匂いが屋上に風が吹いているにも関わらず周囲を満たす。老若男女入り交じった死者の大群は、爆音を鳴らすヘリコプターへ一目やり、揃って走り出し、平山の銃が火を吹いた。

 

「三人とも!急げ!間に合わないぞ!」

 

 達也は浩太と田辺に抱えられた形で、どうにか移動できている。こんな状況に置かれた今となっては、それは致命的だった。恐らく、浩太と田辺だけなら全力疾走すればヘリコプターのハッチに乗り飛び出せるだろう。だが、達也を抱えたままでは間に合わないことは明白だ。

 それでも、浩太と田辺に達也を見捨てるような真似はできない。

 浩太と田辺は、必死の形相で両足を動かしているが、ヘリコプターに乗り込む前に死者の波に飲み込まれるという結末は変わらないだろう。沈吟を奪われた浩太に平山の怒号が飛んだ。

 

「弾丸も少ない!奴等が一斉にきたら終わりだぞぉ!」

 

 銃声が空へ吸い込まれていく。平山の射撃は死者の頭部へ一つ一つ丁寧に撃ち込まれているが、入口は大人が横に並んで三人分、それでも我先に獲物を喰らおうと身体を潰しながら、侵入してきている為、扉の奥から止めどなく溢れてくる大群を相手にするには、弾丸は勿論、集中力も保たない。

 死者の一人が圧迫され、破れた腹部から露出した内蔵に足を滑らせ後続を巻き込み、数人がドミノ倒しになった瞬間、田辺が言った。

 

「今です、走ります!」

 

 浩太も頷き互いに足並みを揃えたが、突然、肩にかかる重みが増した。

 がくり、と支えきれずに膝をついた浩太は呼吸が酷く乱れている達也に気付き、耳元で呼び掛けた。

 

「達也!おい!達也ァ!」

 

 同じく膝を折った田辺が達也の顔の前で小さく手を振り、鼻の位置で止めた。掌に微弱な風が当たってはいる。しかし、血の気が薄い面容から意識を失いかけているのは間違いなかった。さきほど、東に与えた一撃は、真の決死の覚悟だったのだろう。

 浩太の呼び声に反応した数人の死者が嘯き、喉を震わせ走り出す。

 

「クソッタレが!」

 

 達也の腕を肩から下ろし、浩太は構える。先頭の死者の顔面を殴り、転ばせると同時に体重を乗せた踵で腐敗した頭部を踏み潰し、二人目の胸を両手で突き飛ばすと、振り返らずに田辺へ言った。

 

「フェンスまで下がる!田辺さん、達也を!」

 

 今は迫りくる死者と距離を離す。その判断を下しつつ、浩太は死者と組み合った。


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