感染   作:saijya

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第11話

だとすれば、残りは一人しかいない。

硝煙をあげる銃口はイングラム、東の頭を爆ぜたものの正体は、九ミリの弾丸、そして撃ち出した男は、立ち上る硝煙の奥で言った。

 

「俺の両親も……彰一や真一さんの命も……この地獄で落ちていった沢山の命は……アンタみたいな奴が手を伸ばせば届くほど浅い所にない……命は……命は誰の手にも届かないくらい、深い所に根付いているものなんだ!アンタみたいな奴に、笑いながら人を殺せるようなお前に命を語る資格はない!」

 

彰一から真一、やがて裕介へと巡ったイングラムが再度火を吹いた。初めての射撃なのでバラつきはあるが、裕介は東を被弾させていく。それを補っているのは、裕介が感じている背中の温かさ。裕介の背中から伸ばされた手が、亜里沙と加奈子が、そっ、とイングラムの銃身を支えている。そして、家族を守る一心で犠牲を顧みない強さをもった友の手も、共にあるように感じられた。これほど心強いものはない。裕介が銃声を打ち消すほど猛々しく吼える。

 

「ウオオオオオオオオオ!」

 

「こ……の……糞ガキィィィィィィ!」

 

東と裕介、両者の声が重なると、裕介のイングラムが戛然の音をたてて、三十二発の九ミリの弾丸を撃ち出すのをやめた。はっ、とした裕介が目線を銃へ切れば、東の足の筋肉が肥大する。這いずる蛆虫のような皮膚の再生を待たずに裕介を始末する為だ。しかし、駆け出す直前に、東は腰に軽い衝撃を受けた。

腰に回された腕は、東が偽善者と呼ぶ田辺のものだ。確固たる熱を帯びた瞳が、凪いだ海のような生き方をしてきた者には決して携えることができないであろう黒目が震えることなく東を見据え、そして、はっきりと口にした。

 

「僕は……僕は……偽善者でも構わない!それでも必ずお前を止めてみせる!」

 

「ああああぁぁぁぁぁぁ!うっとおしいんだよぉ!大人しく鬱ぎこんでろや!偽善者ァァァァァァァァァ!」

 

その隙を縫うように、裕介の傍らを二つの影が抜けた。その背中を裕介は見守りながらイングラムを下ろし、小さく呟くが二人の耳には届いていない。だが、二人は確かな足取りで駆けていく。それだけで十分だ。

苛立つ東は、田辺を振り払う為に、密接した状態で膝蹴りを見舞う。拘束は呆気ないほどに容易く解かれた。大の字に横たわる田辺は、胸骨を損傷したのか、大きく咳き込み血を交えた唾を飛ばす。

そのほんの数秒、野田と田辺、裕介が繋いだ時間があったからこそ、浩太と達也は走り出すことができた。

この場にいる全員が傷付きながら、手繰り寄せた最後のチャンス、最後の希望、最大限に引き出された最後の奇跡だ。


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