ぱっ、と散った鮮やかな朱色に混じり、幾多の固形が田辺の頬へ付着する。
割れた頭蓋から垂れ流れる脳漿の一部だが、田辺は拭いもせずに膝から崩れて両手をつく。悲壮、悲哀、悲嘆、哀情、どれともつかない嗚咽が空へと吸い込まれていき、無惨に破裂した野田の眼球を踏み潰した東は、悦に入ったように田辺を見据え、鳴き声を塗りつぶす高いトーンで笑い始める。
「ひゃあはははははは!偽善者ァ!芯が折れたみてえだなぁ!それだよ!その姿だ!それがテメエが偽善者である証だよお!」
後方の扉が大きく軋む音をたてた。続けて聞こえてきたのは、これまで何度も耳にしてきた獣声だった。
浩太は、咄嗟に扉へと目を向ける。幾重に連なる伸吟に、扉を軋ませるほどの重圧、奥になにがいるかなどは明白だろう。死者が、このあるあるシティに向かっていた死者の大群が、ついにここにまで到着したのだ。激しく殴打される度に扉の蝶番が頼りなく揺れている。
最後の時が近付いてきているのだと、浩太はありありと自覚した。そして、それは、恐らく、自身と自身の仲間にとってという意味でだ。奇跡を手繰り寄せる為の奮闘は、あの稀代の殺人鬼、いや、怪物によって脆く砕かれてしまった。
まだ、浩太達に戦力は残っている。しかし、達也を始め、平山、そして浩太自身も手負い、仮に時間を掛けて倒せたとしても、先に死者が押し寄せてくれば一巻の終わりだ。どちらに転んでも生き延びる道は残されていないのではないだろうか。
「東京でもそうだったよなぁ!テメエの身勝手な正義は犠牲しか生まねえんだよ!なにが、変わっただ、テメエの本質は何一つとして変わっちゃいねえんだよ!この偽善者が!」
「あ……あぁぁぁぁ……うわあああああ!」
東から逃げる為か、田辺は耳を塞ぐ。それでも、東は叫び続ける。
「命は、生命は、こんなにも簡単に壊れちまう!だから、巡るんだ!それを俺達が育んでやるんだよ!選別を生き延びた命を!まだ先が決まっていない命をこの俺達が……ぁ……!」
突如、連続した破裂音が鳴り、底気味悪い絶叫がぶれ、同時に右の側頭部が弾けた。東は、油断からたたらを踏んで、残された左目のみを使い周囲を見回す。
銃を持っていた平山は瞠目しており、田辺は理解が追い付かず、呆然と東を仰いでいる。浩太すらも狼狽の色を浮かべて、達也は、顔面蒼白でありながら立ちあがり、さきほどまでの流れを止めようとしていたのか右足だけが前に出ていた。三階で取り逃した亜里沙と加奈子が銃を持っているとすれば、銃ではなく、達也をわざわざ刺した理由が見付からない。