ぞわり、とうなじが冷気を帯び、下げられた顔が平山を見上げ、そして凄まじく歪んだ笑みに彩られた。
平山の鼻腔に、濃い鉄と錆の匂いが漂ってくる。もしも、死に香りがあるのだとすれば、きっとこれがそうなのだろうと、はっきり自覚する。弾倉の中に銃弾は残っているが引金を寄せる暇すらも潰されてしまっている。
まるで、コマ送りのように全ての動作が網膜を通して伝わってきた。東が左の拳を固めて平山の側頭部へ振り上げる動き、それを避けようとはしているが直撃を免れないことも察知できた。
「死ねや!」
拳から送られる風により、揉み上げがそよいだ、そのときだった。野田が裂帛の気合いとともに、鉄砲水のようなタックルで東の腰を抱えたまま連れ去っていった。目を閉じていた平山が、数瞬、遅れて気付けば、その距離は一メートルほどにまで開いている。
「野田さん!駄目だ!」
田辺の声に反応した平山は、当初、思考が追い付かず視線を泳がせたが、途中、眼界に破壊されたフェンスが入り込み、その直線上に野田に抱えられた東がいることに気付く。
野田は、自分ごと東をフェンスから突き落とそうとしている。
「おお?意外に力あるじゃねえのかよ!楽しいなぁ、おい!」
「これでも元ラガーマンだからなぁ!」
フェンスまでの距離は残り二メートル、田辺が伸ばした掌が虚しく空を切っていた。野田の勢いは増すばかり、誰もが止めることなど出来ないはずだった。残り一メートル、その地点に到着した途端、野田と東があげていた埃が打ち水をした後のように静まった。
何が起きたのか、一同が理解するよりも早く、野田の下半身が浮き上がる。地に足がついていないにも関わらず、東は体格の優れた野田の腹部に腕を回して持ち上げていた。
「な!?」
力を込める為に塞いでいた野田の唇が割れる。見開かれた両目に映っていた景色が、無骨なコンクリートから一転して、色鮮やかな空色へと変わる。東が野田の身体を擡げて肩に担いでいた。
「よぉぉ、政治屋ぁ……最悪な状況になっちまったなぁ?」
粘着力のある低い音が鼓膜を揺らした。
この態勢からなら、どんなことをしても死に繋がってしまう。タイル張りのコンクリートへ叩き付ければ、首の骨は無事では済まず、それこそフェンスから放り投げることも可能だ。平山が発砲し東の肉体へ着弾するも、身動ぎのみで腕を下げる様子はなく、それどころか野田を更に天へと掲げた。
「やめろおおおおおお!」
田辺の悲嘆に満ちた喚声に、東の面容が喜色へ変貌する。堪らず駆け出した田辺は、野田の口が小さく震えているのを見た。
貴子を頼む、済まない、田辺
「野田さあああああん!」
身体を逸らし、反動をつけた東は微塵も勢いを落とさず、野田を地面へと叩き付けた。