野田は、後ろ手で鍵を掛け、オールバックの男に向き直り言った。
「まさか、あの事故が燎原の火の兆候とは誰も分からなかったでしょうね」
「分かる訳もない。過去の事例を鑑みても、このような事件は起きていないからな」
くっくっ、と喉の奥で笑い続ける。
「ペストやチフスによるパンデミックとは一味も二味も違う。ペストは、医者が死んだ鼠の死体に躓き、そこから流行したという話しがあるが、あれだけ巨大な鼠だ。躓きようがない」
さも可笑しそうに哄笑した。肘掛けを叩きながらの爆笑に、野田は戸惑ったような巧笑を浮かべる。困惑するのも当然だろう。こうしている間にも、九州地方では数万人が感染しているのだ。もう、引き返せないところまできた自覚が、この男にはないのだろうかとさえ思う。いや、それは自分も同じだ。自覚があるのなら、こんなにも落ち着いていれるはずもない。
野田は、気分を落ち着かせ、男に尋ねる。
「一点気になる点があるのですが、よろしいですか?」
ぴたりと笑い声が止まった。尖った双眸が野田に定められる。
「関門橋付近にて、一台のトラックが逃走したとありました。乗車は三名、いずれも自衛官とのことです」
男は眉を曇らせ、先を促すように頷いた。
「門司港レトロにて、建物に激突、アパッチが発射したミサイルが建物を破壊、下敷きになったとのことですが、死体の確認はしていないようです」
男は、荒々しく机を両手で叩き、勢いよく立ち上がると怒号を放った。
「何故、確認させなかった!不安要素は全て排除しろと言っておいただろう!」
野田は冷静に反駁する。
「あちらの意向として、あのような危険地帯に降りたくはなかったそうです。アパッチは、大きさもあり、着陸地点が周囲になく、徒歩で現場まで行くのは困難......」
そこで、男が声を被せた。
「ふざけるな!なんの為に要請を出したと思っている!奴はどうした!連絡はないのか!」
「彼は、現地にいるので巻き込まれています。加えて我々には彼らを動かす権利はありません」
男の鼻息が激しくなり、唇を噛んで吐き捨てるように呟いた。
「自由の国だと......ここまでくると滑稽だな......」
一息ついて、男は呼吸を整える。
「建物の下敷きになったのは間違いないんだな?」
野田は黙ったまま、首肯する。男は腰を落ち着かせ、再び机に両肘をついた。壁に掛けられた時計を一瞥し、吐息を漏らす。
「なら良い......記者会見の時間は何時からだったかな?」
恭しく一礼を挟み、手帳を開いた野田は、はっきりと口にした。
「あと、一時間後です。戸部総理」
国会議事堂の一部屋で、戸部は辟易したような溜め息を吐き出した。時刻は、朝の九時、硝子のような透明感と冷たさを併せ持った曇が、東京の空を漂っている。
戸部にとってはいつもと変わらない、そんな朝の始まりだった。
次回より5部「生きた証」に入ります。
そして、お気に入り数50人をいつの間にか突破してました!
パンパカパーーン!!(注:俺は提督じゃありません)ありがとうございまーーす!!
嬉しいですーー(注:俺は・・・・・・おっと言わないでおこう。好きな声優さんは橘○い○みさんですw)
嬉しすぎてどうでもいい情報言ってしまったじゃないか!!
とにもかくにもありがとうございます!!あと、更新ペース落ちます。もう一作の方を書いていきます。