感染   作:saijya

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第7話

「少数の部隊が大勢の敵に囲まれて、玉砕覚悟で突入した。けれど、その大部隊は野営地だけを残して消えていたんだとよ。残されていたのは、野営地に所狭しとある、この世にいる生物とは思えない奇妙な足跡だけだった、それから奇跡って呼ばれるようになったらしいぜ。まさに、今の俺達と同じだ」

 

 全身に広がっていく心地よい声音は、様々な角度から浩太の身体を抜けていき、小さくなっていく。やがて、はっきりと残すように力強く最後の声が響いた。

 

「浩太、分かるだろ?奇跡ってのは、自ら起こすもんなんだ。それによ……お前らに不可能なんてないんだぜ」

 

 浩太の眼前にあった光が萎んでいく。同時に明りの中にいた仲間達も、いつの間にか見えなくなった。しかし、浩太の中に確かなものを残してくれたのだろう。

 

「……引き寄せる努力もせずに終わることなんか、出来ないよな……真一、俺も信じてみるよ、奇跡ってやつをさ」

 

 肩に置かれた裕介の手を優しく離し、浩太は達也を一瞥する。背中の出血は未だに続いてはいるものの、瞳に宿った炎は消えていないようだ。

 

「達也、キツい所で悪いが何か案はあるか?」

 

「わりぃ、思い付いてねえ……一応は考えてるんだけどよ……」

 

 分かった、と短く返した浩太は、続けて田辺と野田に訊ねるも、揃って首を振られてしまう。

 暗澹とした時間が流れていく中、平山がフェンスに囲まれた周囲を見回して言った。

 

「なあ、ここって何階だ?」

 

 浩太は特に深く考えずに返す。

 

「……七階だが……それが?」

 

「ここから奴を真っ逆さまに突き落とすってのはどうだ?」

 

 平山の突飛な提案に、論外だと否定したのは達也だった。だが、達也以外の面々は至って真面目な表情になっている。愕然と達也が言った。

 

「おいおい、浩太まで本気かよ?そもそも、あの化物を担いでフェンスを昇ろうってのか?そいつは、無茶ってもんだろ」

 

「なら、いまの提案以上のものがあるか?」

 

 浩太の切り返しに達也は口をつぐんだ。けれど、実際問題、突き落とすにはどうすべきか、そこから先が思い付かなかった。一気に広がった濃霧に包まれるような気分に陥りかけたが、裕介の一声で霧が晴れた。

 

「あの、さっき真一さんに渡された手榴弾が一つ残っているんですけど、これでフェンスを一部、破壊的できませんかね?」

 

                ※※※ ※※※

 

 手榴弾の爆破により破壊したフェンスの間から突き落とす。目の前の男を倒す方法、それは至ってシンプルなものだ。

 固い頭蓋に守られていようとも、七階から落下させれば、如何に東の体質をもってしても、ひとたまりもないのではなかろうか。あくまでも希望の域をでないが僅かな可能性にも賭けるしかない。


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