感染   作:saijya

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4話

「そりゃ、理想的な正義だけじゃなく現実的な正義を手にしたって意味か?」

 

田辺は力強く首肯する。自己満足の正義など、なんの役にもたたない脆く脆弱な理想でしかない。時代の趨勢にすら左右される場合もある。田辺にとっての正義を表すのであれば愚直の二文字だ。自分の信念を貫くだけでなく、どこまでも馬鹿正直に、そして、正しき道を自身で見つけること。当然、迷うときもあるだろうが、信念さえ持っていれば、どんな難題にも向き合える。

そう、田辺は愚直に向き合うことこそが正義なのだと信じた。

だが、東は頷いた田辺に対して唾を吐く。

 

「正義ってのは理想なんだよ、理想なき正義はゴールの見えねえ洞窟をひた走ってんのと同じだ。そして、現実的な正義も存在しねえ……何故なら、正義はこの俺達にこそあるからだ」

 

なんの冗談だろうかと耳を疑いそうになるが、この男が誰よりも本気であることは全員が理解している。

田辺は、いまさらながら、東に正義とまで口にさせる理解者とやらに興味が湧いてきた。一体、希代の殺人鬼のなにを理解し、どこから寄っていけば、これほど彩りを増やすことができるのだろう。田辺や野田が受けてきた印象とは真逆、人間らしさというものが確かに感じられた。だが、今となってはもう遅い。

東は、手首の緊張を解すように軽く鳴らして言った。

 

「ここに揃ってる限り、もう邪魔は入らねえ……お前らに教えてやんよ、どちらがより優れた正義なのかをなぁ!ひゃーははははは!」

 

哄笑に真っ先に反応を示したのは平山だった。銃身を持ち上げバレルの高さを合わせるも、東はすぐさま身を翻す。撃ち出された銃弾が、壁に無数の穴を穿つと同時に、東が駆け出す。最初の狙いは達也だった。

肉薄する東に達也がとった行動は、中腰になり自ら後ろへ飛んで攻撃の衝撃を和らげることだ。すぐさま、東の拳が腹部に突き刺さり呻き声を出すも命までは奪われていない。間髪挟まずに、浩太が引き金を振り絞り弾丸を放つも、瞬時にバランスを取り戻した東のもみ上げだけが数本舞う。

舌打ちをする暇もなく、そうなるだろうと読んでいた浩太が繰り出した蹴りは、東の顔面を捉え、感触が残っている状態で振り抜く。

勢いがついた一撃に大の字に転がりはしたものの、東はまるで効いていないことをアピールするように後転して立ち上がり、舌を顎へと垂らす。

 

「おいおい、自衛官よぉ!やる気あんのかよ!」

 

ぐっ、と短く喉を鳴らした浩太は、対峙する男を倒す唯一の手段を頭の中で反芻する。


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