感染   作:saijya

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第5話

 田辺が区切りをつければ、亜里沙がおずおずと手を挙げた。

 

「あの……このままヘリコプターで逃げるのは駄目……ですかね?」

 

 間髪いれずに田辺が返す。

 

「それも一つの手ではあります。けれど、東は必ず我々を逃がしません。仮に逃げ切れたとしても、奴は爆撃などものともせず間違いなく生き延びる。そうなれば、この日本は……いえ、世界は終わります」

 

 田辺の語口が大袈裟に聞こえたのか、世界、と裕介が呟く。

 

「良いですか、これは決して大袈裟ではない。東は九州の現状を日本全域に広げます。この悲劇は、やがて世界にも及ぶでしょう。つまり、ここで奴を、東を止めるしかないんです。その為の方法は、悪いことにここでは実現することが……」

 

 途端、強烈な破裂音が鳴った。一斉に八人が音の方向へ顔を向ける。見えたのは、エスカレーターを駆け上がる男の姿だった。着ている服から九州組を救出に来た若い男だと分かり、田辺が叫ぶような声量で男へ声を掛ける。

 

「平山さん!東は!」

 

 平山と呼ばれた男は、エスカレーターを登りきると歯噛みして悪態をつく。

 

「くそっ!あの野郎、余裕のつもりだか知らないが、こっちを追い詰めようともせず悠長に歩いてやがる!舐めやがって!くそが!」

 

 苛立ちを隠そうともしない平山とは対照的に、浩太は僅かに声を落とす。

 

「時間があるのは好都合だ。東はいまどこに?」

 

 息を整えた平山は、浩太を一瞥して言った。

 

「最後に確認したのは、二階下のエスカレーターを登っていたところだよ」

 

 分かってはいたことだが、どちらにしろ時間は浩太達の味方をしてくれない。しかし、今は田辺が語る方法が最優先事項だ。

 浩太が、どう時間を工面するかと考えていた時、いつもの声が耳に入った。

 

「なら……俺が……ここで時間を稼いでやるぜ。お前らは、さっさと……奴を倒す方法を聞いておけよ……」

 

 エスカレーターに立ち塞がるように手摺に凭れかかった真一を助けるように、真っ先に走り出した裕介は、すかさず真一の腕をとり肩を貸した。苦笑混じりに礼を言った真一に、裕介は首を振る。

 

「……俺はまだ……納得してませんから……」

 

 囁くような小ささだった。けれど、真一は微笑んで頷いてみせる。それだけで裕介は膝から崩れて泣き出したい気分になった。いっそのこと、そうしてしまおうかとも考えてしまったが、そんな場面など、真一に見せる訳にはいかない。彰一のときも、父親ときもそうだった。様々な感情の渦の中で答えを見つけた人間だけが出せる気丈な笑み、真一の笑顔は、まさにそれだ。


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