この世の中に確かなものなど一つもないなどと言われているが、それは大きな誤りだ。絶対に裏切らない出来事は、二つある。生まれたことと死ぬことだ。決して逃れられない事実は、さながら呪いのようだと、憔悴しきった真一を見て思案した。血の気が失せた顔付きは、死者と変わらない。
消魂した様子で、亜里沙と両手で口を塞ぎながら、加奈子を抱き寄せ、達也は背中に走る痛みも忘れて真一の頬に触れる。
裕介は付き添っていただけに、ひとしお沈痛な面持ちで浩太を迎えた。細い声で名前を呼ばれた浩太は、呆然と立ち尽くしていたが、連絡通路の扉に背中を預けた真一に目線を合わせる。薄く開いた瞼の奥の瞳は、僅かに濁り始めており、見えているのかどうかも判断できない。
達也の掌に付着した血の温かさと強い匂いに真一はゆっくりと口角を動かす。
「ああ……浩太、戻ったんだな。達也に亜里沙ちゃん、加奈子ちゃんも……まったく、待ちくたびれたぜ」
「悪かった……遅くなって……」
掠れた呼吸を挟みんでいる真一に、浩太が喉を震わせた。弱々しい見た目は、力強かった真一の面影を曇らせている。
あるあるシティの六階にまで響いてくる連続する甲高い銃声に身震いした加奈子が、さっ、とエスカレーターを見やり、亜里沙の服に皺を作った。
「なあ、浩太……もしかして、下の階にまで奴等は来てんのか?」
真一の質問に浩太は首を振る。
「いや、まだ死者は来てない。多分、あれは田辺さん達が東に対して発砲したんだ」
「東……?けど、あいつは……」
「あいつは、正真正銘の化物になっちまったんだ」
懐疑的な真一の頬から掌を離して、そう被せたのは達也だ。
「襲ってきた熊に腹を喰われても生きてやがった。それも、ただ生きていた訳じゃねえ……傷口がみるみる内に塞がりやがる……今のアイツは不死身だ」
忌々しそうに達也は渋面する。それは、浩太も同意見だった。
あの状態で生きているとなると、どうなれば死に至るのか皆目検討もつかない。いっそのこと、このまま逃げ切れるのならそうしたいが、同じ建物内にいる以上、簡単に事が運ぶことはないだろう。
生きることや死ぬことからは逃れられない、そんな場面が迫ってきている。
階下で鳴っていた銃声が止まり、加奈子が裕介へ言う。
「裕介お兄ちゃん……」
聞き覚えのない幼い声に、裕介は目を剥いた。ぱっ、と声の先に顔を向ければ不安そうな加奈子がいる。
「今の……まさか、加奈子……ちゃん?」
おずおずと亜里沙から手を離した加奈子は、一度、こくんと頷く。しかし、次の一言は、裕介の心臓を巨大な氷柱が貫くような冷たさをもたらした。
「私達……死んじゃうの……?」