感染   作:saijya

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第16話

田辺がその返しに反応する。心の中に人が住んでいるといったニュアンスでもない。文字通り、その言葉が引っ掛かる。そこで、最悪な想像をした田辺の顔から一気に血の気が抜けていく。

松谷の心臓を抜いて食したこと、身体を維持する為にしていることはなんだ。

考えたくもない。いや、人として考えてはならない。だが、もうそれ以外に考えられない。田辺は、確かめなければならないと細い声で訊く。

 

「東……お前、まさか……自分を唯一、理解してくれたとまで言った人間を……」

 

そこから先は、東が引き継いだ。

 

「そうだよ!喰ったんだよ!俺が!奴と!一つに!なるために!喰った!腹を裂いて内臓を喰った!鎌首あげて暖かい臓物を引摺りだして!極上の赤ワインみてえな血を呑んだ!上物のステーキみてえな心臓を喰った!今まで喰ってきたどんな肉よりも絶品だった!満腹感からくる充実感、そして、一つになれる事実、まさに最高の時間だった!これが本当の意味で一つになるってことなんだと、はっきりと自覚したぜぇ!ひゃははははは!」

 

三人は揃って愕然とした。

信じられるはずがない。日本犯罪史上、類をみない凶悪な殺人鬼は唯一の理解者とまで称した人物を、あろうことか喰ったと言い放ったのだ。どのような状況下で行われたのか、そんなことは些末な問題だ。

突き付けられた言葉に、田辺は爪先から頭まで弛緩していく身体をどうにか意識で支えようとしたが、たたらを踏んでしまい平山に腕を取られた。

 

「……田辺さん、コイツを更正させるなんて無理だ。ハッキリと言ってやるよ、奴はただの狂人、それも拍車をかけて狂っちまってやがる……生かしておけば犠牲者が増えるだけだ」

 

抱えられ田辺は、横目で平山を見た。こめかみから流れた汗はひどく粘着性を持っており、緊張が窺える。銃のトリガーに掛かる指の震えを止める為に、短く息を吸い込んだ平山は、吐き出しながら言った。

 

「小を殺して大を生かす。そんな大それたことでもない。奴はいずれ大きな災害にも勝る……生きてちゃいけない人間なんだよ。それに、さっきの死者達もここに迫ってきてるんだ、時間がない」

 

これまで闘ってきて、学んできた答えを果たせずに、田辺は選択を迫られた。平山の言い分もよく理解できる。稀代の殺人鬼でも救いたい、それは甘い考えただったのだろうか。取捨選択は、どんな状況下でもやってくるものだ。

田辺は、ここで覚悟を決めるしかなかった。掬いあげられるものは掌に収められるものだけにするか、それとも手の届かないものにまで両手を広げて迎えるのか。

時間がないからこそ、東を救う為の手段をここで決断するしかない。田辺は奥歯が軋むまでに締め付けた口を開く。

 

「……分かり……ました……東を……東にこれ以上、業を背負わせる訳にはいかない。アイツはここで……僕達で止めましょう」

 

強い眼差しを受け、平山は頷いた。

 

「だったら、俺達だけじゃ無理だ。そこで、経験者達にも協力してもらおう」

 

経験者、と訝しげに尋ねた田辺の視線は自然と天井を見た。経験者ならば、あの自衛官と学生達以外は該当しない。田辺は目線を東に戻すと、平山から離れて立ちあがり、溜息をついて野田の手をとった。そうとなれば、とるべき行動は一つだけだ。

 

「野田さん!走って!」

 

引かれるがまま、田辺と野田は踵を返して背後のエスカレーターを掛け上がり、殿を勤める平山の銃声を背中で受けた。時刻は午後13時、田辺、野田、平山、浩太、達也、真一、裕介、亜里沙、加奈子、そして東、九州地方での最後の時が刻一刻と迫っていることを各々が自覚しながら、その深い一歩を踏み出した。




次回より第32部「正命」にはいります!
UA68000突破ありがとうございます!

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