感染   作:saijya

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第15話

九重の研究は、詰まるところ細胞の活性化を促すものだ。ならば、細胞を動かすに必要なこと。決まっている、適切な食事と睡眠、ただそれだけだ。爆発的に増えていく細胞を補う為に、東は適当な物を口にしている、そう考えた。それは自身の肉体を維持する行為そのものだ。ともすれば、死者にも同じことが言えるのではないだろうか。

摂食行動は視床下部を中心として、大脳皮質から脊髄までの神経ネットワークによって制御されている、九重はそう語っていた。つまり、ネットワークの繋がりが細胞の補完に応じて強くなっている分、より貪欲な食欲が顕著に現れたということだろう。その二次要素が活性化した細胞による肉体修復に結びついている。ならば、如何にして、東の肉体は細胞の活性化に耐えているのか、それはまだ思考が及ばない。

けれど、東にその自覚がないことは、睡眠の必要がないとの発言から既に分かった。だが、眠ることにより生み出される細胞分すらも他者の肉体によって補ってきたのならば、それはとんでもない危険を孕んでいることになる。

そこで、田辺の思考を断ち切ったのは、野田の声だった。

 

「東、さきほど、理解者を与えてくれたと言ったな。つまりは、お前も学んだんだろう?人というものを……大切なものを失うという感情を!」

 

沈痛な面持ちで詰問する野田は、東に必死に訴え続けていた。それでも口先だけの言葉とばかりに鼻を鳴らす。

 

「政治屋らしくなってきやがったじゃねえかよ。そうだよな、政治屋ってのは理想と現実の境に立ってなきゃいけねえもんだ。大切なものを失うってのは、テメエみてえな奴等には似合いな奇麗事だよなあ!」

 

「どういう意味だ?」

 

険しい口調で問うた野田に、東は今にも跳梁でもしそうなほどに嬉々として言った。

 

「大切なら失わなければ良い!いつでも手元に手繰り寄せられるようにしていれば良いだろうが!それすら出来ずに、大切なものを失うなんざ口にしてんじゃねえよ!ひゃははははは!」

 

発言の意味を図れず、野田と田辺は顔を合わせる。そんな二人の疑問を直接、投げ掛けたのは平山だった。

 

「一人でここにいるお前も同じだろうが!」

 

途端、東の哄笑がピタリと止まり、大口が閉じると口角を吊り上げて嫌悪感を抱かせる笑みを浮かべた。まるで、自分は違うとでも言わんばかりだ。

苛立ちから、平山のこめかみが震え始めると同時に、東は掴んでいた松谷の死体を放して握り拳で自身の胸を叩いた。

 

「違えよ……俺は一人じゃねえ、俺の中には、もう一人いるんだよ……文字通り一つになってなぁ」

 

「……一つになった?」


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