尋ねられた東は、小首を傾げて松谷の死体の脇から顔を出す。見れば、砕かれた下顎すらもほぼ元通りになっていた。
「あ?こいつは、俺の神様からの贈り物だよ。この九州地方で出逢った唯一の理解者が授けてくれた最高のプレゼントだ」
「そんなことは聞いていない。いつからだ?いつからお前はそうなった?どうやってその体質を手にした?」
目尻をあげて詰問する野田に田辺が言った。
「野田さん、何か思い当たる節でも?」
野田は頷いて答える。
「あれは、九重が目指した研究の最終課程だ。爆発的な細胞増殖に耐えうる肉体を獲得することさえできれば、彼女の悲願は達成できたはずだった。耐えきれない肉体を用いて、この九州地方の状態にしてしまったのは、俺だがな……」
沈痛で影を落とした野田の弁に、もっとも眉を八の字にひそめたのは東だった。
「あ?今、九州地方をこの状態にしたって、そう言ったか?」
野田は答えずに、ただ首を提げている。それだけで、東は充分だとばかりに哄笑する。
「なら、テメエにゃあ感謝しなくちゃなあ!俺に足りなかった理解者を与えてくれた上に、この体質を手にいれてから、眠る必要もなくなったんだからよお!で、目的はなんだったんだ?やっぱ俺への復讐かあ?ひゃははははは!」
ここまで胸くそ悪い人間は初めてだと、平山が呟く。
あるあるシティ内に、東の甲高い笑い声が木霊する中、田辺は野田にとっての最大の試練が訪れたのだと思った。
人の強さとは、人を許すことにある。古い外皮を破り、新たな道へ踏み出せるかどうかは、今このときにかかっている。さきほどより握り続けている拳から、ポタリ、と一筋の朱色が垂れ落ちた。握り拳と握手はできないとは、有名な言葉だが、どの時代にも当てはまる格言なのだろう。
「この惨劇の引き金になったのは、確かにお前だ。復讐の為だというのも合っている。いや、あっていた、と言い換えたほうが良いか……」
「言い淀んでんじゃねえよ!俺を殺してえほど憎んだからだろうが!だから、こんな状況を作り出したんだ!こんなハッピーな世界をよぉ!」
死体となった松谷の首にかじりつき、肉を犬歯で裂く。大量の出血にも関わらず、傷口から濁流のように流れ出した血に口を付けて飲み下す。
以前と比べても常軌を逸した行いについて、田辺は強い疑問を抱く。何故だろうか、破壊された下顎の再生は終えているのだが、腹部に刻まれた銃創は痛々しい傷痕を残している。そう見ていれば、傷が瞬く間に塞がっていく。眉唾物の発想だが、田辺はある仮説を頭の中で練り上げた。