感染   作:saijya

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第13話

瞠目する松谷は、改めて地面へ広がる泥濘にも似た血を吐き出す。大量の血液が胸元を染める朱色と混ざった瞬間、松谷の背中から貫通した左腕が姿を現した。掌に包まれているのは、未だに伸縮を繰り返している心臓だ。

 

「あ……れ……?俺……俺の、心……臓?」

 

肘の位置まで突き入れられた左腕が曲がり、抉り出された心臓を松谷自身の眼前へ持ち上げる。滑り落ちた銃身が鳴らす金属音とは違い、穏やかな脈動が徐々に静まっていく中、松谷の右耳が男の声を拾う。

 

「綺麗な色してんじゃねえか……なあ?そう思うだろ?」

 

顎を揺らし、生気が失われつつありながらも松谷は首だけで振り返る。眼球が映し出したのは、驚愕すべき光景だった。

半分下顎を失い、情けなくベロを垂らした顔は、見紛うことなく、さきほど自分が引き金を引いて、多量の弾丸を浴びせた男だ。

目の前で揺れていた左手が松谷の右耳へ寄せられ、熱い吐息がかかると共に、ぐちゅっぐちゅっ、という音が何度も鼓膜を叩く。明らかな咀嚼音だろう。血で塞がった口内に、ブツブツと湧いていた気泡の数が減っていき、同時に松谷の瞼は、重石でもつけられたように沈んでいった。

 

「先輩ィィィィィ!」

 

ここまで僅か数秒、それだけの時間で有り得ない出来事が幾度となく起こり、答えのない疑問を振り払うかのごとく平山は銃を持ち上げた。

引き金に指を掛け絞る直前、東は屍となった松谷を片腕で掲げ射線へ重ね、肉壁として扱う。平山は、野田にすら聞こえる勢いで歯噛した。

 

「ひゃははははは!どうしたよ!撃てや!コイツは、もう動かねえんだからよお!」

 

「こ……の!腐れ外道がぁぁぁぁぁ!」

 

「平山さん!」

 

意を決した平山がトリガーを引く寸前、田辺が鋭く声を上げそれを制するも、赫怒した鬼のような凄まじい顔付きで平山が叫んだ。

 

「止めんな!先輩の言った通りだ!奴はここで殺すべきなんだよ!」

 

「駄目です!今、目の前で起きた事を忘れている!あれだけの弾丸で撃たれながらも、東は生きているんですよ!」

 

平山は、頭を抑えて呻く。

松谷の死に興奮してしまったのは事実だが、確かに冷静さを欠いていた。下顎を砕かれ、臓器が露出するほどの銃弾を受けて尚、昂然と立っている男に銃口を向けても意味はない。東の目標が平山に定まり松谷の二の舞になるだけだ。けれど、憎まれ口を叩き合った間柄だろうと長い時間を共に過ごしてきた人間を殺されているだけに、溜飲の下げ処が見付からない平山が黙っていられるはずもない。


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