感染   作:saijya

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第11話

海底の火山が噴き上がるような勢いを持つ感情を必死に抑え込んでいるのだろう。限界を迎える前にと、田辺が口を挟もうとした直前、東は野田との問答をバッサリと断ち切る。

 

「なあ、アンタもそう思わねえか?」

 

不意に声を掛けられた松谷は、肩を震わせた。銃口の奥にある瞼が、ピタリと東を見据える。

 

「政治屋ってのは、どいつもこいつも頭が固くていけねえよなぁ?だーーから本物と偽物の区別が出来なくなる。なあ、アンタみてえな奴なら分かんじゃねえの?そういう生業なんだろ?」

 

松谷は喉が締まっていくのを感じた。先の見えない会話は、無言を貫くほどに重圧を増していく。

それこそが東にとっての狙いだと気付けたのは、田辺だけだった。

 

「松谷さん!東の話しに耳を傾けてはいけない!平山さん!松谷さんを!」

 

田辺の指示に平山が動き出すよりも早く、連射音が建物に木霊した。聞き慣れない破裂音に強く目を閉じ、数秒の沈黙の後に聞こえたのは、重い咳と床に大量の液体が落下する独特の音だった。空気に流された硝煙の匂いが鼻腔を擽り、田辺が恐る恐る瞼を開けば、膝をついた東が前のめりに倒れる光景が映り、その眼前に立っている松谷の銃から薄い煙が登っていた。

腹部を両腕で抑えた東は、もう一度だけ大きく咳き込み、銃を提げた松谷を睨目つける。

 

「愉快なことしやがって……」

 

息も絶え絶えに何かを探るように腕を延ばした東は、松谷のズボンを握るが冷淡に掴まれた右足を引き顔面を蹴りあげ、鼻血を吹きながら大の字に仰臥した東へと銃口を定める。荒い呼吸のまま、黒々と塗り潰された暗澹とした穴を見た東は、はっ、と微笑を浮かべた。

 

「松谷さん!駄目です!」

 

駆け出した田辺の叫びは、連続する射撃音によりかきけされた。次々と鉛が埋め込まれていく度に、身体が跳ねている様は、まるで俎上の魚のようだ。飛び散る血液は、周辺を濃度の高い鉄錆びの臭気で満たしていく。

やがて、銃から戛然の音が鳴り、松谷は一気に息を吐き出し、呼吸を整えてから弾倉を落とし、新たな一本を叩き込んだ。

空になった弾倉が床に落下した音で田辺は我を取り戻す。

 

「松谷さん……何故?何故、東を……」

 

言いつつ田辺は東を一瞥し、その凄惨を極めた姿を視界に入れると口を押さえた。

激しく撃ち込まれた弾丸は東の腹部を破り、露出した臓器にすら数多の損傷を残し顎にまで及んでいる。下顎を失って、だらしなく垂れた舌は右の頬へと流れ、濁った双眸は固定でもされているように、ただ天井へと注がれていた。

あれほど、東への憎しみを募らせていた野田ですら目を背けるほどの有様を前にして、松谷が平然と言った。


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