感染   作:saijya

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第9話

頓狂な質問に対し、間の抜けた声を出すも、分が悪い現状に舌打ちする。

 

「強さだぁ?そんなもん、時代によって変わるもんだろうがよ。金の使い方を決めれる奴、自分の身を守れる奴ってよ」

 

「そうか。確かにな。けど、それだけじゃないんだ」

 

「あ?なにが言いてえ?」

 

「お前は、理想主義だって笑うかもしれないが、強さの根底は昔から変わっていない。強さというのは、人を許すことが出きるってことだ」

 

「……だからなんだってんだよ、どうも要領を得ねえなぁ」

 

先を促しつつ銃口を一瞥した東は、ようやく田辺の隣に立つ男の存在を認識した。怒りの余り、また視野を狭めてしまっている。どこかで見たことがある筈だが、と記憶を巡らせながらの会話は若干の遅れが生じていた。この不利を切り返すには、田辺を利用してはいけない。二人組のうち、気性の荒い男か、それとも見覚えがある男か、それを見極めるには時間が必要だ。胸の霞を体内に霧散させ、冷静に視界を広げる。

 

「東、僕はお前を許す。だから、自らの罪と罰を受け入れてはくれないか?」

 

「罪と罰を受け入れる……ねぇ……ラスコーリニコフみてえに罪悪感に苛まれている奴なら泣いて喜ぶだろうけどなぁ……善意と悪意は比例しねえってこと理解してんのか?」

 

「そうかもな。けど、それは人としての言葉だ。これまでのお前を振り返れば獣同然、僕はお前を人にしてやりたい。だから……」

 

「だから?やってきたことに対する対価を罰として受けろってか?おいおい、ガッカリさせんなよ偽善者よぉ……」

 

田辺にしてみれば、この返答は当たり前のことだった。

こんな逸話がある。人々が姦淫の罪を犯したひとりの女を捕らえ、律法に定められているとおり石で打ち殺すべきかと問いかけたとき、キリストは、あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げてみろ。結果はあきらかだった。キリストと女、二人を残し、全ての者が立ち去っていった。罪の受けいれと、心に罪があるかどうか、それはまったく違うものだ。それは、東が対価と口にしたことからも窺える。

人間性の欠落、そんな問題に直面した程度では、この稀代の殺人鬼とは話すらできない。

 

「罪と罰に形をつける。そいつは、人類史においての最大の難問だ。偽善者ごときが語って良い問題じゃねえんだよ!偽善者は偽善者らしく、マスでもかいて悦に入ってろや!」

 

田辺は、苦い顔をすると同時に、しかし、これはどういうことだろうかとも疑問視していた。もともと思想に偏りがあった男だが、更に拍車がかかっている。この九州地方感染事件が、東という狂人じみた男を変えたとでも言うのだろうか。口の汚さは改善されていないが、言葉の端々にどこか人間らしさがある。やはり、人は変われるのだ。


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