東が怒号と共に駆け出すも、成行きを見守るように田辺は一歩も動かない。それが、東の忿懣に拍車をかけ、歯を食い縛った瞬間、腹部に鈍痛を感じた。横隔膜が狭まった感覚により、意思とは無関係に勢いが弱まると、間髪いれず足を払われ、尻餅をついた直後、視界に広がったのは鼻頭に迫る銃底だった。鼻の芯が真っ二つに割られ後頭部から床へ倒れ込んだ東は、パチパチと瞬きを繰り返す。何をされたのか理解が及ばないほど、スムーズで、なおかつ、正確な攻撃だった。痺れた鼻を触り、走った電気に片目を閉めて、ようやく顔をあげることができた。
レーザーサイトで東に照準を合わせていた二人の男が、倒れた東を見下ろしつつ、銃口をピタリと定めた。その顔付きは躊躇いなど微塵も含んではいない。
「田辺さん、コイツ……どうします?」
若干、若い男の問いに田辺は首を振った。
「平山さん、僕は彼も助けるべきだと考えてはいます。松谷さん、お願いできますか?」
男が鼻を鳴らす。
「はっ!こんな奴を助けるだ?さっきのやりとりでも思ったけどよ、コイツ、心底、真性だろうが!助ける必要なんざあるのかよ?」
平山と呼ばれた男とは対照的に、松谷という男は、感情的に唾を飛ばした。今にも引き金を絞ってしまいそうだ。銃口を外さずに小さく続ける。
「俺なら、この場で撃ち殺す。俺ならな……」
松谷の腕の筋肉が準備は出来ているとばかりに僅かに膨らんだ。
睨み合う二人の傍らを亜里沙達が抜け、浩太達と合流すると、田辺が浩太に言った。
「岡島さん、先にヘリに向かって下さい。女性が乗っていますが、噛まれてはいないようなので、心配はありません」
「……アンタはどうすんだ?分かってるとは思うけど、死者の大群が向かってんだろ」
一息置いて、田辺が返す。
「僕らは、東との因縁にケリをつけなければならない。大丈夫、すぐに追い付きますよ」
田辺が、ちらりと野田を見れば返事はなくとも深く頷いた。
この両者には、東と深い関わりがあるようだ。浩太は、それを聞くのは野暮だろうと踵を返す。
「分かった。すぐに来いよ」
「ええ、必ず」
達也の肩を抱え、走り去る浩太達の足音が上階へ吸い込まれるように消えていく。仰いだ天井から田辺は顔を落とし、改めて東と向かい合う。
「偽善者ァ、こいつらはテメエの仲間か?」
こいつら、と指された二人組みは、決して東を捉えた銃口をぶれさせない。正体についてはある程度の察しはついているのだが、確実なものとする為の質問だろう。だが、田辺は答えを返さなかった。
「東、人の強さってなんだろうな」