途端、東は破顔して振り向く。
「皮肉だと?ひゃはははははは!ちげえよ!俺は人間がなんたるものかってのを学んだんだ!人間とは、叡智と暴力を履き違えた存在だってなぁ!深い叡智に伴い、暴力が生まれたんじゃねえ!暴力の果てに叡智が生まれたんだよ!これこそが人間の変異性ってやつだ!なあ!そうは思わねえか偽善者ァ!」
視線の先には、首からカメラを提げた壮年の男がいた。
その周囲には六人の男がいる。見覚えがあるのは四人、自衛官に学生、そして、かつて自身が殺害した女性の夫だ。鋭い目付きからは、例えきれない憤怒が読み取れる。カメラの男が首を振った。
「偽善者、そう呼ばれるのも久しぶりだな。だけど、僕にはれっきとした名前がある。覚えていないか?」
「名前だぁ?折角、再会できたんだ。んなもんどうでも良いだろうが!」
「よくはない。名前とは、自分を示す大切なものだ。そして、僕は偽善者じゃないよ」
東は小首を傾げ、頓狂な声を出した。丸くした目をそのままに、一歩を踏み出す。
「身勝手な正義を振りかざして、無関係な人間を巻き込んだお前がか?おいおい、随分と傲慢な口振りじゃねえか」
「そうだ。けれど、正義に振り回されていた、あの頃の僕はもういない。東、お前の言うように人は変わるものなんだよ」
語りからの不意打ちを目論んでいた東は、あと三歩の間合いにまできて、そこで歩みを止めてしまう。以前とは、何かが違う。あの青臭かった男からは想像も出来ない眼光が東を見据えていた。イメージがあまりにも不釣り合いだ。
銃を向けている一人が、照準器の点を眉間に当てるのを見て、東は唾を吐き捨てた。
「人は変わるだぁ?偽善者ごときが……テメエがそれを語る資格があんのかよ?」
男は毅然とした態度を崩さずに答える。
「あるさ、それを証明する為に僕はここにいる。東、僕がお前を止めてやる。僕がお前を救ってやる」
東のこめかみが小刻みに震えた。口の端をひきつらせながら声を沈ませる。
「偽善者……しばらく見ない間に、冗談が上手くなったなぁ……?」
「何度も言わせるなよ。偽善者なんて名前ではない……僕は田辺、田辺将太だ。それに、お前も知ってるだろ?僕は記者だ、冗談なんか言わない。もう一度だけ言うよ、僕がお前を止めてやる、そして救ってやる」
場の緊張が高まっていくのを肌で感じた浩太は、亜里沙に肩を借りて歩く達也へ叫ぶと、同時に東の怒声が重なった。
「二人とも!はやく!」
「誰に物言ってんだ!ああ!?偽善者風情がぁ!」