感染   作:saijya

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第6話

まるで、子供が昆虫を生かさず殺さずの塩梅をつけるように、東は達也の肉体を追い詰めていく。それでも、達也は気を失わず、毅然と東を見据えており、顔を戻した東はその眼光に対して首を傾ける。

 

「自衛官よぉ?お前、現状を理解してんのか?随分、楽しそうじゃねえか」

 

髪から胸倉へ掴みなおし、問い掛けた東への返答は唇から飛び出した唾液だった。頬に当たり、忌まわしげに達也を睨目付ければ、満足そうな笑みが溢れていた。

攣縮する頬を右手で拭った東が口を開く。

 

「前にもこんなことがあったよなぁ?なんのつもりか知らねえが、これ以上、俺を挑発すんな。俺は、テメエみてえな奴が嫌いだってよ……」

 

鼻を鳴らした達也が返す。

 

「言ったよな……俺もお前が嫌いだってよ……」

 

肺に溜めていた空気を抜くように言った達也に、東はあのときと同じ言葉を繰り返した。

 

「……良い度胸じゃねえか」

 

虚ろな視線を送る達也の顔面へ振り下ろす為、東は右拳を掲げる。

達也を苦しめるのは、やめだ。そもそも、分かっていたことではないか。この男は例え、全ての歯を折られようと心までは砕けない。ならば、あの糞ガキへ標的を変えれば良いだけだ。

 

「じゃあな、自衛官」

 

更に拳を固めた瞬間、東はこの状況にそぐわない違和感を覚え眉をひそめた。それは、ごく僅かな変化だ。達也の頬に、潰れたニキビから滲みでた血が作った水泡がある。

達也は痘痕面などではない。ニキビなども確認できなかった。だとすれば、これは一体なんだ。また不思議なことに、その水泡は細かく揺れている。

 

「久しぶりだな、東」

 

鼻につく声が背中を叩き、ピクリ、とうなじがざわつく。懐かしい声音だった。

達也の頬にあった水泡は、今、東の後頭部に当てられているのだろう。思わず、笑いが込み上げてくる。

 

「久しぶりだぁ?なんだよ、そんな言葉を交わす仲だと思われてたのかよぉ……嬉しいもんだなぁ、ええ、おい」

 

達也を開放した東は、両手を頭よりも高く挙げ、続けて言う。

 

「お前には、また会いてえと考えてたけどよ、それがまさか、ここまで来てくれるとはな。お前には感謝してんだ」

 

少しの沈黙の後、再び落ち着いた声がする。

 

「感謝?お前が僕に?随分、人間らしくなったな」

 

亜里沙が達也へ駆け寄る際も、東は目もくれずに男との会話を続行した。動けなかっただけなのかもしれないが、東の表情を一瞥した亜里沙は、そうではないと確信をもって口にできる。

この男は、畏怖や恐怖とは無縁なのだろう。もしも、この男が恐れることがあるのなら、それは死に直面したときだけだ。

 

「ああ、感謝だよ。俺は、ここにきてようやく色を手に入れた。大切な人間を作り、失って変われたんだ、やっと俺は自分を誇れるようになれたんだ。天よ、母よ、この世に産み落としてくれて、海より深く感謝しますってなあ」

 

「お前が命を語るなんてな……皮肉のつもりか?」


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