唯一、違う点は、刃先の奥にある亜里沙の目からは、大粒の涙が溢れていることだけだ。
「達也さんがいなければ、あの時、中間のショッパーズモールに行くことはなかった……達也さんさえいなければ、あの時、彰一君が犠牲になることもなかったんだぁぁぁぁ!」
亜里沙からの圧力が更に増す。下から掴んでいる達也は、背中に生温いものが広がっていくのを確かに感じた。加えて、亜里沙の声で熊の耳が僅かに揺れ始めている。焦燥に駆られた達也は、脈を打つ腰の傷に構わずに言った。
「あ……亜里沙ちゃんは……彰一君のことが好きだったのか……?」
亜里沙が震える声で返す。
「分かんないよ……分かんないけど、彰一君がいなくなってから、胸におっきな穴が空いたみたいで苦しいの……こんなの耐えていきていくなんて、アタシには出来ないよ……」
グンッ、と体重を加えられた達也は唸った。寒気だった両腕と背中は限界を迎えそうだ。それでも、マイナスドライバーにかかる重さは消えそうにない。
「これが恋心ならそうなのかもしれない……けど、確かめる手段はもう……」
「亜里沙……ちゃん……俺は彰一君に救ってもらったと思ってる……だから……」
「じゃあ、ここで死んでよ!ねえ!」
亜里沙は涙で崩れきった顔のまま叫んだ。
戸惑いや不安、そんな感情が混ぜ込められた面持ちで肩を入れた。もう、マイナスドライバーの尖端は達也の額に当たっている。それでも達也は話しを続けた。
「死ね……ねえ……彰一君の……為にも……俺に全てを託した奴の為……にも……」
押し返す力は残っていない。
達也が生きるには、とにかく話しをするしかなかった。
「亜里沙ちゃんも……そうだろ……?」
亜里沙は東を喰らい続ける熊を一見して頭を振った。
「アタシはもう良い……ここで達也さんを殺したらアタシも死ぬから……だからぁ!」
マイナスドライバーにかけていた体重が無くなり、達也は、亜里沙が両腕を頭上に掲げたのだと直感する。渾身の一撃を受けとめるだけの体力はない。
ああ、ちくしょう……これは罰なのかもな。悪い、小金井、約束は果たせそうにねえや……
達也は胸中で呟き、ゆっくりと瞼を閉じた。熱をもった水滴が頬に数粒落ちてくる。
これで良かったのかもしれない。最後に人の涙の温かさを知れた。九州地方に蔓延る多くの死者は、この温もりを知らずに死んでいったのだろう。
獣と変わらない死者では、決して流せない熱い涙をだ。
覚悟は出来たものの、達也の額にはいつまでも衝撃が訪れなかった。