感染   作:saijya

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第4話

 東は達也を睥睨し、次に浩太を映す。真っ先にやるべきは障害の排除、そして、順番決めとなる。新崎がいないのならば、手負いの真一は最後、ある程度の接点がある達也よりも、全く知らない浩太を狙った方が後々、都合が良い。背後の少年、裕介は使徒となった真一にでも処理をさせれば終わりだ。

 そんな計算をたてた東は浩太を定め、反射のように身構えた浩太へと詰め寄ろうと右足を踏み出す。瞬間、聞き慣れない唸り声が鼓膜を激しく揺らす。一体、何事だろうかと、振り向いた矢先、再度、腹の底を掻き回されるような不快感が襲い掛かる。また、あの声だ。確実に人間ではない。外連味のない大音声は、建物内部から聞こえてきている。八の字に眉を歪め、東は思案する。

 聞きなれてはいない、しかし、どこかで耳にしたことがある。どこだ、一体、どこで耳にした。

 意識を奪われた一同は、声の主が近付いてきていると、ほぼ同時に察した。やがて、重苦しい足音を響かせて姿を現したそれに、東は言葉を呑み込んだ。

 鼻息荒く揺れる巨体は、成人した男性を軽々と越える背丈を有し、全身が黒い体毛で包まれた四足の動物だった。ガフガフという乱暴な呼吸と合わせ、口元から大量の涎を落とす様は、まさに獣に相応しい。

 

「……マジかよ……」

 

 ぽつり、と出た東の声に反応したのか、獣はふいと面を上げ、紅い瞳に東が映ると喉を小刻みに動かて咆哮し、新崎の死体に目もくれずエスカレーターへ重音を響かせると、その怪腕をもってバリケードとしていた本棚を横に殴り付けた。まるで、木の葉のように砕かれた本棚の先にいた浩太は、その獣の爪先に明らかな銃痕が残っていることに対して瞠目する。

 

「まさか……ここまで追ってきたってのか……」

 

 現れた獣は、八幡東区で苦しめられた熊と同じだった。執念なのか、それとも野性がそうさせているのか、判断はつかないが、これだけは言える。奇跡なんてものがあるとするならば、神を心底憎んでやる。

 だが、そんな浩太の心境とは違い、熊はキョロキョロと辺りを見回していた。加えて、何かを探る鼻を引きつかせている。不思議な光景に、全員が声を潜めて成行を見守る中、熊の動きがピタリ、と止まった。

 視線の先にいるのは、東だ。

 驚愕の表情を浮かべた東は、自身の左腕が新崎の血液でベッタリと濡れていることを思い奥歯を締めた。さきほどの匂いをかぎわける仕草、その理由が明確になる。

 

「ヤベエ……」

 

 熊は四肢を突っ張り、一息で東との間を詰めた。やはり、獣は弱っている獲物を優先するのだろう。新崎の血液を一目して、それを東自身が流していると判断したようだ。


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