感染   作:saijya

367 / 432
第11話

亜里沙は震える歯が音をたて、抱き寄せられた加奈子も目を見開いて顔を向け、裕介は蚊の鳴く声で、嘘だろ、と言った。

 

「ひ……ひが……し」

 

唯一、達也だけが声を発することができたが続かない。纏っていた異様な雰囲気が、これまで以上に変貌を遂げていたからだ。何がと問われれば、返すことはできないが、それでもはっきりと理解したことがある。

 

……全員ここで殺される……

 

「 私は誰を遣わそう。誰が我々の為に行くのだろう、と言っておられる。主の声を聞いたので言った。ここに、私がおります。私を遣わしてください」

靴の音が止まると、小柄な男は鼻から息を吸って吐き出した。一連の動作を見上げる七人は、咄嗟に身構えるが、男は服を正して言った。

 

「預言者イザヤの書……なんともこの世界にぴったりなもんだな。よお、こんな話しを知ってるか?とある国の少女には、夢があった。優しい人になって困ってる人を助けたいと、少女は語った。そんな少女が、身体に爆弾を巻かれ、遠隔操作で人間爆弾として使用される事件があった。これが悲劇じゃなくてなんだというのか。これは、世界の悲劇そのものだ。小さな願いすら叶えられない世の中をどう見詰めれば愛せるのか、今、我々は試されているのかもしれない」

 

コツ、と再び歩き始める。規則的な足音は徐々にではあるが確実に近付いてきていた。けれど、杭でも打ち込まれたように動けなかった。眼球で男の姿を追うだけで精一杯だ。そして、男は七人がいる三階へと到着した。と死者の伸吟が響く建物の中、エスカレーター脇の通路を挟んで八人は対峙する。真っ先に口火を切ったのは浩太だった。

 

「お前が……東……か?」

 

「ああ、そうだよ。俺が東だ」

 

 前髪を右手で掻きあげる仕草を見た裕介が驚愕して言った。

 

「その右手……」

 

「これか?神の思し召しってやつだろうな。ああ、そうだ。テメエには感謝してる。あの時、お前に会えてなければ、俺は以前のままだったからな……」

 

 感慨深そうに右手を顔の位置まで上げると、小指から一本一本を折って拳を作り広げた。義手でもなんでもなく、本物の右手だ。一体、どんな奇跡が起きれば、あれほど損傷していた手が短期間で治るというのだろうか。おののく裕介を置いて達也が言う。

 

「随分、似合わねえ恰好になったもんだな……その服が世界で一番似合わねえのはテメエだろうが」

 

「なんだぁ?知らない仲じゃねえんだからよぉ、褒めてくれてもいいんじゃねえの?ちったあ人間らしくなったってよ」

 

 達也は鼻を鳴らす。

 

「テメエが人間?ふざけてんじゃねえぞ」

 

 静かな怒気に、男は笑って返す。

 

「俺は誰よりも人間だ。この世界を含めて誰よりもな」

 

 くっくっ、と低くひきつるような声の後、一息つき右足を前に出す。

 浩太と新崎、そして達也が四人を下がらせ前に出た。粘りつく男の目線を切るように、浩太がスーダン姿の男を睨み付けるが、全く動じずに男は哄笑する。

 

「お前ら全員にそれを今から教えてやるよ!誰が人として生きるべきで、誰が死ぬべきかをなぁ!ひゃーーははははは!」




UA数64000及びお気に入り件数350件突破ありがとうございます!!
次回より第30部「獣人」に入ります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。