浩太は、祐介の返事に胸を撫でるも、新崎の怒声に気を持ち直す。危険はまだ、去っていない。真一の判断で飛び込んできた死者でリアガラスを真一と新崎で塞いではいるが、効果のほどは期待できないだろう。激しく呻りを上げる死者の大群は、そんな肉壁など問題にせず、次々と手を伸ばしては車両の激突に倒れていく。踏み砕かれた頭蓋や肉体の振動を数えきれなくなる。白煙を視認したのは、その時だった。
「浩太!ヤバイぜ!煙が流れ出してる!」
真一の悲鳴に、浩太は叫んだ。
「あと少しで抜ける!」
答えにならない返事の直後、車が大きく左へ傾いた。真っ赤に染まったリアガラスから、外の光景が見えないが、どうやらバスターミナルを抜けきれたようだ。ボンネットに乗り上げた死者を、振り落とすと、ハンドルを素早く戻し、アクセルをいれた。噴き上がる煙をバックミラーで一瞥した達也が言う。
「頼む……!もってくれよ!」
不快な音をたてながら、車が走る。小倉駅の交番を抜け、郵便局に差し掛かった直後、祐介が身を乗り出した。
「そこを左へ!」
「了解!」
現れた高架は、簡易的な駐輪場となっている。けれど、今となっては、蓋がポカリと開いた地獄の釜のような雰囲気だった。あらゆる悪意や敵意、殺意が混ぜられた釜戸へ向けて、達也は更に深くアクセルを沈める。既に、あるあるシティの地下入り口は見えており、もう、後戻りなど出来る筈もない。
ぎゅっ、と唇を締めた亜里沙が加奈子を抱き締めて目を閉じた。
「行けえええええええええ!」
達也の咆哮は、高架下駐輪場を抜けるまで車内に轟いた。短い爆発にも似た音が響いた瞬間、フロントガラスが激しく割れ、浩太と達也へ破片が注がれた。大きくへしゃげたボンネット、そして、目の前には、上下のエスカレーターが軋みを鳴らす。どれだけの速度で衝突したのだろうか、車の後輪が浮き上がっている。つまり、これは、ようやく六人が目的地へとたどり着いたことへの確かな証左となりえた。エアーバックを外し、粉砕したフロントガラスの先を見た達也は、痛む左肩をあげ助手席の浩太を叩く。小さな呻き声が返ってきたことを確認すると、後部座席へと声を掛けた。
「みんな……大丈夫か?」
「……なんとか、な。あーー、こんな衝撃は、門司港レトロ以来だクソッタレ……」
「いや、あの時のほうが、ヤバかっただろ……それより、急がなきゃな……駅で引き付けた奴等が戻ってきちまう……亜里沙ちゃん、加奈子ちゃんは大丈夫か?」