感染   作:saijya

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第2話

「......浜岡、良いか?俺は田辺のようにお前を理解できていないかもしれないが、俺は、田辺よりも付き合いが長いんだ。背中を守るには頼りないだろうが、なにかあれば、俺に任せろ」

 

 ここで、浜岡はようやく首を回し、しっかりと頷いた。心地よい音頭を聞いた時のような気持ちになる。それは、選りすぐりのどんな音楽よりも、浜岡の心へ、すっ、と光を灯す。

 

「......ありがとうございます、斉藤さん」

 

 浜岡はビルの回転式扉を押した。

 行進を続ける一団というのは、俯瞰するよりも、眼前に立つ方がその圧力を増す。浜岡は、団体の先頭を塞き止めるように立ち塞がると、身体を叩く圧に唾を呑んだ。だが、それを支える斉藤が三歩後ろに居てくれている。喉を開き、先頭にいる男へと浜岡は声を張った。

 

「お久しぶりですね、信条さん」

 

 そう呼び掛けられた白髪混じりの男は、眉をひそめて、じっ、と浜岡の顔を見ると、一度だけ唸ってから言った。

 

「......誰だろうか、私の記憶にはないが?」

 

「やはり、覚えられてはいませんか。そうでしょうね、お会いしたのは、もう十数年以上、前になりますしねえ......」

 

 こちらも歳をとりました、と小声で呟く。怪訝そうな信条は、後続にいた壮年の男性へ顎をしゃくった。硬派な服装に隠れてはいるが、肩の盛り上がりや顔つきから察するに、信条のボディーガードといった立場にいるのだろう。鋭く浜岡を睨み付けるが、その眼光は、すぐに曇ることとなる。

 

「......浜岡、少し下がってくれ」

 

 斉藤が胸元から取り出した手帳は、ボディーガードにとって苦いものとなった。しかし、信条は能面のように張り付いた皺を僅かも動かすこともなく言った。

 

「......浜岡......浜岡、思い出した。あの時の小僧か。なるほど、なるほど、思い出せぬのも無理はない」

 

 うんうん、と頷く姿に浜岡が歯軋りをしていた。気にも止めずに信条が語る。

 

「以前、私に自己満足の正義感を振りかざし、不様な泣き面を晒した小僧だったな。あれほど、情けない男のことなど記憶に留めたくもなかった」

 

 嘲笑を加えつつ、信条が浜岡を見た。

 

「......ええ、その通りです。思い出して頂けたようで何よりですね」

 

「それで?その小僧が何をしに?」

 

「それはですねぇ......この無意味な行動を即刻、止めさせる為に来たんですよ」

 

 莞爾として言い放った浜岡に信条とボディーガードの目付きが、はっきりと険しくなった。

 ゆっくりとした動静で動きだそうとする男を信条が右腕で制し、一歩を踏み出す。明らかな怒気を孕んだ重い口調だ。

 

「無意味......だと?」

 

「はい、無意味です。わかりませんか?」


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