感染   作:saijya

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第28部 人間

 都心のビル街が虹色に染まった。踊る横断幕や小旗、うちわが大勢の人間や風に煽られていた。

 そこに掲げられたプラカードには、説明責任を果たせ、テロを許すな、等の多用なメッセージが乱暴な筆遣いで書かれていた。一団の中には、涙を流す姿もあり、沿道にいる通行人達が、何事かと目を丸くし、その行進が通りすぎていくのを見送っている。本当にこの世の中は現金なものだ、と浜岡が苦笑し、その隣で斉藤がぽつりと慨嘆を口にした。

 

「なんて光景だ......これがお前の危惧していた事態というやつか?こんなことをして、一体、なんになると......」

 

「退廃した日本、世間からすれば、そのように見られてしまいますしねぇ......さて、どうしますか......」

 

 集団が掲げた文字を見る限り、九州地方感染事件がテロリストの仕業だと発表しているのに、なぜ何もしないのか、ということだろう。九州に住んでいる親戚や家族がいる、そのような訴えが拡声器を通して朝のビル街に響き渡った。

 そんな中、浜岡はある一人の人物に目をつける。先頭を率先して歩く男に見覚えがある。とある有名な団体を組織していたはずだ。口の中で、なるほど、と呟くと、斉藤の肩を一度叩いて言う。

 

「斉藤さん......少し、手伝ってもらえますか?」

 

「それは、構わないが......何をするつもりだ?」

 

 ふと、浜岡を見れば、随分と苦い顔つきをしていた。珍しいこともあるものだ、と口に出す前に、浜岡は踵を返して階段へ向かい始める。その背中を慌てて追いかけた斉藤は、階段の手摺を掴んだ。

 

「浜岡!待て!何をするんだと訊いているだろう!」

 

 しかし、振り返りもせずに、スタスタとした迷いのない足取りで降りていく。悪態混じりに斉藤も倣う。急ぎ足の音色を聞き取ったのか、甲高い階段の音と浜岡の声が重なった。

 

「先頭にいた人物に、以前、会ったことがありましてねぇ......まあ、こちらからは、もう、会うことはないとは思っていましたが......」

 

 浜岡の後頭部が、いつもより揺れているようだ。それほど、この男に嫌悪感にも似た感情を抱かせている人物とは、いったい誰なのだろうか。膨らむ疑問に蓋をして、斉藤は歩みを早めると、先を進む浜岡の隣に並んだ。

 

「お前が、そんな顔をしているとは、本当に稀だな......」

 

「ええ、彼は個人的に得意ではなくてですねぇ......どうにも気乗りしませんが、あちらで頑張っている方々や田辺君に申し訳が立ちませんし、仕方がありませんね」

 

 諦念を吐いた口元が薄く開いているみたいだ。その微妙は、いつものゆとりを含んでおらず、斉藤は思わず、浜岡の肩を掴んでいた。




日常が落ち着いてきたので復活します!

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