真一の声に被さったのは、新崎だった。ばっ、と振り向いた浩太が見たのは、新崎が銃底でリアガラスを叩き割る背中だ。
真一が上擦った声で言った。
「おい!何してんだ、おい!テメエ新崎!」
割れた破片が身を沈めていた祐介と阿里沙にも降りかかり、二人は揃って顔をあげた。シートに胸を預け、拳銃を構える新崎の姿に、ついに気でも狂ったのかと瞠目しているようだ。
獣声が、より鮮明になる中、真一が新崎のこめかみへとイングラムの銃口を押し付けた。
「ふざけんな!そんなに死にたいのなら、いますぐ俺がテメエの死体を引き摺り降ろして奴の餌にでもしてやんぜ新崎!そうすりゃ、時間稼ぎもできるかもな!」
「違う!生き延びる為には、奴を撃つ必要があるだろ!その為だ!」
聞こえ始めた熊の呼吸音、距離は残り数十メートルにまで近付いている。堪らず、浩太が大声で尋ねる。
「頭でも撃つってのかよ!」
「あれだけ動いているとなれば、それは無理だ!だが、奴が走っている限り、必ず、規則的になる箇所がある!頼む!今だけは、この子供達のように俺を信じてくれ!」
新崎の眼光は、死を求める者では宿せない強い光を持っている。眉を寄せた浩太は視線を下げて、後部座席の祐介と阿里沙、加奈子をみやり、続けて顎をあげ、紅い両眼を車へ向ける巨大な熊を眺めた。距離は、もう数メートルほどしか離れていないだろう。
掻き回されたかのように、思考が定まらない浩太は、悪態まじりに目線を下げる。そこで祐介と阿里沙が同時に頷いた。それを認めた浩太は声を張る。
「......分かった、新崎、お前に任せる」
直面している飄忽とした事態は、一刻の猶予もない。浩太は、睥睨する真一を無視して言った。小さく礼を延べ、新崎が改めて熊を見据える。
その距離は、もはや、数メートルほどしか離れていなかった。
新崎は、鼻から吸った空気を腹に溜めて、あがった肩を下がていく動きと同じくして、口から吐き出し、ピタリ、と止めた。黒目には、しっかりと熊の姿が写りこんでいる。チャンスは少ない。発砲は多くて二発、外せばシートに胸を当てて他よりも前に出ている分、自分が狙われることになるだろう。
新崎は、そんな暗い趨勢を頭から振り払い指先に力を入れた。狙うべきは眉間ではなく、動きを止める為に必要な場所だ。熊の巨躯と頭が下がった、須臾とも言える小さな針の穴のような間を縫って、新崎がトリガーを引き絞ると、乾いた銃声が車内を巡った。