「浩太、前に俺が話したこと覚えてるか?」
一拍置いて、浩太は察したように息を呑んだ。
「......穴生で落ち合った時か」
こくん、と祐介が首肯する。だが、惨状の原因が犬だとしても、腑に落ちない点がある。まず、死体の損傷具合だ。どれだけ大きな犬でも、いくら転化していたからとはいえ、人間の四肢を食いちぎるなど可能だろうか。子供ばかりの死者集団がさまよっていた訳ではなく、複数で一人に飛び掛かったとしても、八幡駅前に展開されていた陰惨な場面など作れるはずもない。だとすれば、シベリアンハスキーなどの大型犬とすればどうだろうかとも考えたが、どうにも思考のピースに嵌まらなかった。
「......悩んでいても仕方がない。ひとまずは、このまま行こう。真一と新崎は、一応、銃の準備を頼む」
了解、との返事を聞いて、達也が改めて車を進ませた。それから、数十分後、八幡東区中央町の交差点にて、乱雑としていた死者の亡骸が、ぷつりと途切れたように無くなっていた。
それと同時に訪れた、車体を叩く異様な静けさに、七人は喉を鳴らし、澄んだ硝子のような冷たい空気が、車内へ流れ込んでくると、阿里沙が身を乗り出す。
「なんか......ここ......」
車は、右手にある郵便局前を過ぎた所だった。あと数メートルで八幡東区の名物ともいえる古い商店街が顔を出すが、フロントガラスから見える交差点の風景、ハンドルを握る達也の心境はいかほどだろうか。このまま車を走らせても良いのか、そんな思いが全員の胸中に沸々と広がっていく。
「......どう思う?」
達也の重い口調が、緊張を高める。浩太も胃が痛む気持ちだった。気を揉んでも仕方がない、先に進もうなどとは口が裂けても言えないが、六人の視線を一手に引き受けるには、あまり余裕を持てないのも事実だ。
浩太は、ちらりと空を見上げ、完全に朝日が登る前だと確認する。時刻にして朝の七時三十分ほどだろう。ルートの変更には充分に間に合う。一度、九州国際大学通りまで戻り、八幡駅のトンネルをくぐって、戸畑方面から小倉へ向かえば良い。いつだって、最上手が最善手とは限らない。浩太が達也と目を合わせ、くるりと後部座席に振り返る。それと同時に、達也がギアをバックに入れた瞬間、浩太以外の全員がありえない光景を目撃する。
ぽっかりと口を開けた商店街の入口から、上半身のみとなった死者が、地面と平行して滑るように吹き飛んでいく。ほどなくして、吸い込まれるように、対面にある広場の白い壁に頭から衝突し、壁を浅黒く染め上げた。
力任せに大きな西瓜を叩きつけた、そんな音が響き、浩太は咄嗟に顔を戻して絶句する。
頭部が潰れ、胴体のみとなった死者の外傷は、胸に残された一つだけ、明らかに強烈な一撃を加えられたものだった。