一台の軽自動車へ向けて、唇を耳まで裂かれた死者が両腕を突き出す。しかし、車が走り去る速度に追い付かず、真横を通り抜けられた勢いで、よろめきながら地面に倒れた。それでも、鎌首をあげてナンバープレートを、何も写らない瞳で見送り続けている。七人が乗った車は、ようやく桃園を抜けて、八幡駅前のさわらびモールにある大きな交差点に差し掛かっていた。このまま、右に抜ければ、春の町を通って、ようやく八幡東区へと突入することになる。それを過ぎれば、小倉までの道程は、ほぼ直進のみだ。まさに、中間地点ともいえる八幡駅の前で、運転する達也がブレーキを踏んだのには理由があった。
まず、目に付いたのは、玉突き事故の現場だ。中央の車に至っては、前後が大きくひしゃげており、シートベルト等で動きを抑制されているのか、車中で死者が数人蠢いている。巻き込んだ多くの事故車両は、ドアが外ており、車内に人影はない。それよりも、浩太は助手席から一望できる光景に絶句した。さわらびモールから八幡駅までは、直線にして、約二百メートルほどだ。辺りは駅前ということもあり、景観を気にしてか、花壇や植木に、花や四季の葉を咲かす彩りも鮮やかな木々が植えられいた。
しかし、どうだ。駅を降りてすぐ視界に広がる広場から十字路まで、二百メートルにも及ぶ広大な面積が、真っ赤な色で染まっている。加えて、恐らくは死人へと転化した人々の四肢が、場を埋め尽くすように転がっていた。脚や腕、果ては胴体のみといったものも点在しており、初日の墜落現場を再現したような凄惨とも悽愴とも捉えきれない状況に耐えきれず、浩太は口を両手で塞いでしまう。一気に車内の湿度が増したことにより、それほどの時間は経過していないと考えた浩太は、急いでバックミラーを確認したが、何かが近付いてきている気配はなかった。
達也が生唾を呑む音で、顔を向ける。
「野外でこいつはすげえな......何が起きたってんだ......」
「さあな......ただ、車から降りて確認する気になれないのは確かだ」
座席の間から、真一が顔を出して眉を寄せた。
「......戻ったほうが良いと思うぜ?何か良くない予感がする。小倉へ行くには、まだ裏道があるしな」
「けど、東区の警察署がありますよ。それも、正面を走り抜けることになるし、避難所になっていた可能性も......」
祐介の言葉に、車内に沈黙が降った。もしかしたら、八幡西警察署のようになっているかもしれない。
第27部始めるよ
……40万字突破してました。お遊びの間に……ちょっとショックだった