浩太の手から覗く赤い断面、間違いなく下澤のものだろう。真一は身体を駆け巡るショックを意思で抑え込んだ。いや、現実を受け入れる為の時間が足りなかったのかもしれない。
ぐっ、と腹に力を入れて踏ん張り、下澤を失い茫然自失としている浩太へ言った。
「浩太!立て!砂埃が晴れたらアパッチが攻撃してくるかもしれねえ!」
浩太は動かない。ただ俯いたまま、下澤だった手首を眺めているだけだ。諦めてしまった。
アパッチは最高水準ともいえる攻撃用ヘリだ。
そもそも、背後にいる暴徒達はどうする。暴徒化が進んだ一般人も加わり、人数は増える一方だ。手持ちの弾薬も少ない。詰め将棋で王手をかけられた駒にでもなったみたいだった。
見えない誰かが定めた運命のように、決まった道を進ませて寄せる。
一体、何手詰めだったんだろうな、と浩太は自嘲した。それは次第に大きな笑い声に変わる。
「浩太!」
真一が一気に走り出すが、行く手を両腕を突き出した暴徒が阻んだ。吐き捨てるように悪態をつきながら、暴徒の腹にブーツの底で前蹴りをいれる。
骨が折れる感触があったが、痛みがない相手にはあまり関係はない。
止めを刺そうと逆手に構えた右手のアーミーナイフを振りかぶろうとするが、暴徒の一人が、真一の背中にのし掛かった。
「くそが!」
噛まれたら終わりだ。咄嗟に左手にある89式小銃を暴徒の顎の下に挟んで口を閉じ、押し倒されないように右足を一歩前に出した。首に回された腕から漂う腐臭に顔をしかめながらも、真一は右手のアーミーナイフを暴徒の太股に刺して固定した。
そのまま、右手を裏返し、引き抜くと、暴徒の右耳へ振り上げる。暴徒が、二度目の死を迎えた。
だが、態勢が悪く、全体重をかけられた真一は、支えきれず前のめりに倒れてしまい、周囲と蹴り倒した暴徒が濁った両目を向けた。
「ちくしょう!どけ!」
真一は匍匐前進の要領で、暴徒の下から抜け出そうともがくが、脱力した人間の身体というのは、大人二人でようやく運べる程の重さがある。時間がかかるのも当然だ。
真一に影が重なる。紅く染まった歯並びが見える位に大口を開けた暴徒が飛びかかる寸前、後ろに髪を引かれ、5,56ミリ弾が後頭部から侵入し、脳を突き破りながら額まで貫通した。脳髄と血が盛大に吹き上がり、真一の顔面を染める。
続けざまに響く連謝音、真一が見上げた先にいたのは達也だった。
「ひどい有り様だな。大丈夫か?」
「お前のせいだぜ……それよりもここを任せて良いか?」
真一の視線は浩太に向いている。達也は黙って頷いた。
「ああ、分かった。だけど、弾薬はもう少ないからな。出来るだけ早く頼むぞ」
今や、生きている者を数える方が早い。
時間をかければそれだけ生存者も減っていく。あれだけあがっていた嘆声も、暴徒の呻吟にも似た声に消されてしまっている。
「じゃあ、頼んだぜ」
暴徒の下敷きになった銃とアーミーナイフを拾い、真一は笑い声をあげ続ける浩太を見た。
集中して書いたほうが早いなやっぱり
書きたかったとこまで一気にいけるwww