感染   作:saijya

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第9話

 思わず、きつく瞼を閉じた邦子は、生臭さと、妙な粘着力から、それが一体どういうものなのか瞬時に悟った。続けて聞こえてきたのは、咬筋力任せに硬いものを砕く音と、その真逆、柔らかな質感をもつ何かを飲み下す音だった。

 現実離れした光景を眼界に収め、呆然としてしまう。東の喉が上下し、剥いた眼球を手元に戻せば、安部の顔面は、ざっくりと上顎から額にかけて抉られている。間違いなく、失われた部分の行き先は東の胃袋の中だろう。

 悦に入った面持ちで、東は天井を仰ぎ、すっ、と目線を下げていき、色鮮やかなステンドグラスで止めた。

 

「よお、神様......いい気なもんだなぁ?これだけ血にまみれた世界にいながら、テメエは綺麗なままでいやがる」

 

 そこで、東の身体が、やや前のめりに傾いた。先頭を走り、寄ってきた使徒が右肩へ深く噛みついたのだ。啼泣しながら、邦子は右足から放れた途端に、これまで教会内部に侵入した使徒の存在に無頓着だった東が低い唸り声を喉から絞り出した。

 

「つうかよお......テメエらは、誰の許しをもらって、この場所に入ってきてんだよ!ああ!?この不心得者どもがぁ!」

 

 ブチブチと痛ましい悲鳴が肩から聞こえてくるも、怒りを顕にした東は身を捩る訳でもなく、噛み千切られた肩の肉を咀嚼する使徒の頭を振り返りもせずに左手で鷲掴むと、力任せに背骨ごと引き抜いた。続けざま、両手を突きだした使徒を左手の頭蓋で打ち倒し、迫り来る男の顔面に拳を埋め、腹部から臓物を露出させた女性に対して、腹に左拳を撃ち込み、更に臓器を引きずり出しつつ固定し、再び、頭を引き抜き、それを武器として、多数の使徒を素手で圧倒していく。

 教会中に、鉄錆びの匂いが蔓延するころには、倒れ伏した使徒の数は、三十以上に達していた。壇上の奥で震えたままだった邦子は、突然の笑い声で我に返る。瞬間、邦子の頭上を黒い球体が通り抜け、ステンドグラスに当たると同時に、鮮やかな朱色が弾け、邦子は小さく悲鳴をあげた。

 

「ひひ......ひゃは......ひゃーーははははは!おら、皮肉屋ァ!これでテメエもおあいこだなぁ!おい!ひゃーーははははは!」

 

 上半身を反って高笑う東は、ステンドグラスに彫られた男へ告げると、勢いを落とすことなく語り始める。

 

「神ってやつは所詮は偶像だ!プロテスタント達、ムッソリーニは正しい判断をしてるんだよなぁ!そうだ、神は自身の中の信仰に宿るもんなんだよ!だからこそ、俺にとっての神はテメエじゃねえんだ!」


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