彼らが、と目線を上げた新崎は、目頭に熱を感じる。
昨夜、両親が亡くなった間接的な理由とまで真一に言われたにも関わらず、こうも直向きに命を守り抜こうとする意思を思い知らされると、一度は命を諦めたことがある新崎にとって、これほど衝撃的な出来事はない。同時に、自身が情けなくも思えた。大切な娘を救うために、ここまで生き延びた筈なのだが、彼らは無くしたものを、時間を取り戻す為に、先を見据えている、そう感じられた。
項垂れる新崎を無視して、浩太は助手席のドアガラスを叩く。ほどなくして、センターコンソールの確認を行っていた達也が、親指を立てる。それを合図に、浩太は声を張った。
「みんな、準備は良いか?」
全員が揃って頷く。
助手席に浩太が座り、その後ろに真一、順に新崎、祐介、阿里沙、その膝に加奈子が乗り込んだ。時計の針が、早朝六時を指すと、達也がアクセルに右足を添えた。
※※※ ※※※
北九州市小倉北区鍛冶町に日本聖公会小倉インマヌエルという教会、その中央に男女の姿があった。一人は、黒のスーダンに身を包んだ東だ。そして、その背後には、従者のような邦子が胸にリュックサックを抱いて付き添っていた。赤を基調とした内壁は、以前と変わらず明るさを強調しているが、床面は、一部が黒ずんでいる。かつて、そこには、死体があったはずだ。
懐かしそうに、東は眼を細めると膝を折って、黒い染みに右手を置き、左手にある辞書のように分厚い本を指で器用に開く。
「......覚えてるか、安部さん......最初に会ったときの俺達の会話をよ......」
声による返答はない。しかし、リュックサックから聞こえてくる呻きは、確かに東の背中を震わせる。パタン、重厚な見た目通りの音を鳴らして、聖書を閉じた東は、そのまま、黒染みの中心に落とす。
「アンタは、俺を人間だと言った。そして、多くの声を耳で聞き、答えを口にできる。そんな人間が、王になる時代は終わりを告げたとも口にしたんだ。聖なる審判が訪れるともな......」
東を知らない者には、誰に語りかけているのか、判断がつきにくいだろう。それほどに、抑揚のない読経のような声色だった。
スーダンの裾を翻して立ち上がった東は、襟元を正して振り返る。
「あとは、俺に任せとけよ、アンタの理想は俺が叶えてやる。だからよ、この服は俺とアンタの繋がりの証だ......全てが終わったとき、俺は改めて白を纏う、それまでは、このままだ」